閑人の覚え書き

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 近頃都で流行しているという化粧法がある。  聞くところによると、盥にひたひたに水を張り、そこに染料を溶く。女たちは顔を傾げ、片耳ずつ水に浸して随意の色に染めるのだ。  紅花の赤や山吹の黄、藍の青。色のついた耳は貌をぱっと華やがせ、衆目を集める。真珠や金銀で飾り立てると一層輝く。耳を引き立てるため口紅は塗らないか色のくすんだものを用いるのがみそだとか。今日日、おひい様も女郎も皆紅や緑や紫の耳をして暮らしなさるという。  いずれはこの片田舎でも、都人に焦がれる百姓の娘などが真似する様が見られるだろう。彩り豊かな装飾は、見飽きた村の景色を多少とも賑わせるはずだ。  染まった耳を見てけったいなことと誹る者も多いと聞くが、眼裏に思い浮かべてみればある美しさを宿しているように思う。廃れるどころか、鼻先、指先、首回りと、流行りが移ろう可能性も大いにあろう。  また、異形のなりは異界の者たちを呼び寄せる。案外女たちは人間に飽いて別の生を求めて耳を染めるのだろうか。
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