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 ゴドウィンの穴という穴から脂汗が噴き出す。  それもそのはず。だって昼に作って冷やしておいたデザートは、アーヴィングの分しかないのだ。  頑張り屋さんのアーヴィングなら、きっと今夜も遅くまでひとり残って勉強するだろうと思ったから安心していたのに。  いやでもアーヴィングのことだ、もしかしたら考え直して居残るかも……!!  祈るような気持ちでゴドウィンはアーヴィングを見た。  (オ、オゥフ……!!)  思わず声が出そうになってしまった。  だってあのアーヴィングが、本当に嬉しそうに顔を綻ばせていたから。  アナスタシアの顔でも思い浮かべているのだろうか、まるで夢見るような瞳は目の前にあるものをなにも映していない。  (恋、してるのねぇ……)  アーヴィング自身はそれを恋だと自覚するほどの余裕はなさそうだが、傍から見れば一目瞭然だ。  コーディとバイロンも初々しい二人のやり取りにあてられたのかモジモジしている。  「あ、あの!すみません、今日はこれで失礼させていただきます!!」  (いいのよいいのよ、行きなさい)  深々と頭を下げるアーヴィングに親心が湧き出まくりのゴドウィン。  しかしアーヴィングの後ろ姿を見送りながら、肝心のデザートのことを思い出した。  「わわわ私もこれで失礼する!!」  慌てて部屋を飛び出たゴドウィンは、すぐさまジェフのいるであろう食堂へと向かう。  「ジェフ!!」  しかしそこにジェフの姿はなく、大声を聞きつけた料理長が奥から顔を出す。  「ジェフならアーヴィング殿の夕食を運びに行きましたよ」  (は、早すぎる!仕事が早すぎるのよ!)  「ア、は!?殿下の分はないんだから、当然持っていってないよな!?」  「いえ、しっかり持って行かれましたけど……って、おーい!!」  ゴドウィンは料理長の返事を最後まで聞かず、血相変えて出て行った。  *  「邪魔をしてしまってごめんなさいね。一人で食べるのも淋しくて」  「いえ……俺もその、嬉しいです……」  アナスタシアの部屋で向かい合う二人の前には、ジェフたちが運んでくれた夕食が並んでいた。二人のメニューは当然同じなのだが、アナスタシアは自分の前にないものをアーヴィングの食事の中に見つけた。  「……とっても美味しそうなチョコレートケーキね……私のはないのかしら」  艶々としたチョコレートで全体を覆われた丸いチョコレートケーキの上には、砂糖漬けにした柑橘類の皮と金の粉がのせられていた。  こんな手の込んだもの、アナスタシアも口にする機会は滅多にない。  すると、給仕のために控えていたジェフがすかさず口を開く。  「こちらはその……遅くまで頑張るアーヴィング様の姿を偶然見かけたシェフが、今夜も遅くなられるのを気にして、少しでも疲れがとれるようにと作った特別なものでして……殿下の分のご用意がなく大変申し訳ありません」  その代わりなのか、アナスタシアの方にはスポンジの間にたっぷりのフルーツと生クリームを挟んだケーキが置かれていた。  「で、殿下!俺のと取り替えましょう」  「駄目よ。だってそれはあなたのために作られたものだもの。食べてもらえなかったら作った方が悲しむわ」  「ですが……」  申し訳なさそうにするアーヴィング。このままだと食べたとしても美味しく感じられないだろう。どうしたものかとアナスタシアは考えた。  「ねえアーヴィング?あのね……あとで半分こしましょうか」  「え?」  「私のとあなたのケーキ、半分ずつ食べ比べしましょう?紅茶も用意してもらって。ね?」  「は、はい!」  そして和やかに時間は流れ、料理が下げられたテーブルの上には二つのケーキと紅茶がのっていた。  約束通りケーキを半分に分けようと、ジェフが用意してくれたケーキナイフを手に取ろうとしたアーヴィングをアナスタシアが止めた。  「殿下?」  戸惑うアーヴィング。  するとアナスタシアはよいしょと椅子を動かして、アーヴィングの隣に移動した。  「あ、あの……」  アナスタシアはチョコレートケーキののった皿を手に取り、フォークで一口大に切り取ったケーキをアーヴィングの口に運んだ。    「うふふ、美味しい?」  アーヴィングは真っ赤な顔で口元を押さえながら咀嚼していたが、アナスタシアの次の行動に絶句してしまった。  なんと、アナスタシアはアーヴィングの口が触れたのと同じフォークで、自身の口の中にチョコレートケーキを運んだのだ。  「△*▲◇☆▽◀◆▷▶!?」  パニックを起こすアーヴィングを横目に、アナスタシアは絶品のチョコレートケーキに舌鼓を打つ。  「まあ、なんて美味しいのかしら!良かったわねアーヴィング。あなたの頑張りに気づいてくれて、こんな風に応援してくれる人がいるなんて」  そしてアナスタシアは再びケーキをアーヴィングの口元に運ぶ。  しかしアーヴィングはなかなか口にしようとしない。    「どうしたのアーヴィング?もうお腹いっぱい?」  するとアーヴィングは覚悟を決めたような顔をして、少し震えながらケーキを口に含んだ。  フォークがスルリと口から離れた瞬間、アーヴィングの目は涙で潤んでいた。  「まあ……涙ぐむほど嬉しかったなんて。あとでこれを作ってくださった方にお礼を言わなきゃね」  アーヴィングはさっきより更に赤く染まった顔で、ぶんぶんと風を切る音がするほどの勢いで頷いた。    *  入り口の前に控えていたジェフは、いつの間にかほんの少しだけ開いていた扉の外に向かって、誰にも気づかれないように声をかけた。  「……良かったですね、ゴドウィン」  「うるさいっっ!!」      
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