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輪廻Ⅱ『口下手』
福富町でギターを抱えて歩いている男は流しの善こと酒井善三郎である。
「歌どうです?伴奏だけでカラオケもいいですよ」
ガラリ戸を開けて営業したが返事はない。
「寒いから閉めろよ」
客の一人に追い出された。
「あの人いい声してるんだけど愛想がないのよ」
女将が熱燗の徳利をカウンター越しに差し出して言った。
「流しも営業だからな、あいつを見るとムカッとするんだ」
追い出した客が怒りを露わにした。
「悪い男じゃないのよ、ただの口下手なだけなのよ」
女将が庇う。
「善さん、善さん、仕事よ」
通りを歩いていると声が掛かった。スナック樹里のホステスで茜だった。
「善さん、ほら店に入る前に笑って、愛想が無いと嫌われるから」
「笑えないよ、楽しくないのに」
「愛想笑いでいいのよ」
茜がドアを開ける。軽く頭を下げた。
「ちぇ、なんか酒がまずくなるなあ、時化た面みてるとよ」
営業マンの客が舌打ちした。
「それでリクエストはなんでしょう」
客の不機嫌はお構いなしとリクエストを訊ねた。
「サーカスの唄をやってくれねえか?」
カウンターの一番隅に座るやくざ風の男がリクエストした。
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