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「な、なんだ、大きな蛾だ」
善はスズメほどの癪を蛾と思い込んだ。
「癪、用はない」
板の隙間から癪が消えた。
「生きることにします。お願いです、私は口下手でずっと損をしてきました。私が死んだら、生まれ変わりは九官鳥にしてください。人が集まるところで、よく喋るやろうだと喜ばれてみたい」
「それが賢明、神から授かった天命を無駄にしては罰が当たる。転生のことはお任せください」
善は喜寿を超えていた。
「おばんで~す。しがない流しです。演歌からニューミュージックまでリクエストにお応えします。どうでしょう、そこの社長、よっ、女泣かせ」
「しょうがねえな、好きな歌を三曲流してくれ」
「まいど」
善が歌い始めた。
「善さん変わったね、昔は口下手でさ、客に嫌われて声が掛からない晩もあったのにねえ」
ママとホステスが昔話を懐かしがる。
「お迎えが近いんじゃないのかい」
「そうかもね、くわばらくわばら」
善は歌い終わり通りに出た。路地のネオンに目が眩んだ。倒れそうになるところを脇で支えてくれた男がいる。
「おっとっとー、約束通りやって来ました電線音頭」
支えたのは金原である。くだらないジョークをかます男が誰であるか善は想い出せない。
「忘れちゃったかな、甲府の山小屋で囲炉裏に当たっていた」
「ああっ」
善は想い出した。しかし20年以上も経っているのにこの男は変わらない。むしろ若返ったように見える。
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