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♪ 旅のつばくら 淋しかないか
おれもさみしい サーカスぐらし
とんぼがえりで 今年もくれて
知らぬ他国の 花を見た ♪
善の細くてキーの高い声がギターに乗せて流れていく。リクエストしたやくざは瞳を熱くしている。涙が一粒カウンターに落ちた。ママの樹里がおしぼりを差し出した。
「ありがとうよ。想い出してな昔を」
やくざは1万円札を一枚差し出した。
「お客さん、こんなにもらっちゃ困ります」
善はテーブルに差し返した。
「善ちゃん、お客さんの行為を無にして、あんたって人は」
樹里ママが膳を叱り飛ばした。
「ママ、いいから、そうかい、それじゃもう一曲聞かせてくんな。それで受け取ってもらえなきゃ俺も困る」
「リクエストは?」
「命短しで始まる歌があるだろ、タイトルは分からねえが」
やくざが言い終える前にギターがなびいた。
♪いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを♪
やくざが目を瞑った。善の歌が悲し過ぎる。肩が震えている。善は一礼して店を出た。
「全く愛想がないねえなああの流しは、ちょっと歌が上手いからって天狗になってんじゃないのか。ママ、あいつ入れるんなら俺もう来ないから」
常連の営業マンが樹里ママに文句を言った。
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