3人が本棚に入れています
本棚に追加
「ありがとうよ、ああそれとな、甲府は寒いから厚着して行ってくださいよ」
「おふくろさんに何か?」
「最後の親孝行だと伝えてください」
やくざは出て行った。
善は通りを流していた。味のある高音がドアの隙間から店に侵入する。
「善さん、お声」
バーのホステスが声を掛けた。
「お得意の社長さんだから愛想よくしてよ」
店に入り一礼する。
「あんたかね、いやあいい声が聴こえてくるから痺れたよ。贔屓にするから名前は?」
「リクエストはなんでしょう?」
「おい君、社長が名前を聞いているんだ。先ずは名乗るが先決じゃないかね」
社長の付き添いが言った。
「善です」
「愛想がないね、折角社長が贔屓にしてやると声を掛けてくださったのにやる気がないのかね?」
「すいません、この人は口下手なだけなんです。根はいい人なんですよ」
バーのママが庇った。しかし客は面白くない。
「ほら、呼び止め料金だ」
社長が1万円札を床に投げ捨てた。善は一礼してバーを出た。ママが追い掛けて来て1万円札をギターの弦に挟んだ。
「どうしてありがとうございますって言えないのかねえあんたは、福富町じゃ客がいなくなるよ」
「すいません、思っちゃいるんですけど出てこないんです」
「もったいないよういい喉してさあ」
バーのママは店に戻った。浮浪者がごみ箱を漁っている。善は弦から1万円札を抜き取って浮浪者に差し出した。
最初のコメントを投稿しよう!