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「ありがとうございます」
浮浪者は土下座して礼を言う。善は歌いながら路地を出た。
「善さん、善さん」
呼び止めたのはスナック樹里のホステスだった。
「大変よ、昨夜あなたにリクエストしたやくざがいたでしょ。殺されたんだって、大岡川に浮いていたらしいわ。それで警察が来て色々聞かれたの。多分善さんのところにも行くと思うから。それじゃね」
ホステスは速足でスナックに戻った。行くと思うと言うことは全て警察に話したことになる。
翌朝ホステスが言っていた通り警察が訪ねて来た。
「あんた、職業は流しだよね。いい声してるよね」
ベテランの刑事が発した。
「二三確認したいんだ。昨夜この男に歌を聴かせたね」
写真は死体である。善は頷いた。
「付き合いがあるのかな?」
善は頼まれたことを口にすればあの男と約束した親孝行を反故にしてしまう。
「お店で二曲リクエストをいただきました。それだけです」
「そう、ちなみに曲は何?」
「大した歌じゃありません」
善は答えなかった。人はそれぞれ胸に詰まる歌がある。あの男は自分の歌に感極まっていた。善もそのつもりで歌っている。他人に教える事じゃない。
「忘れたわけ?それとも歌っていないのか?」
刑事は確認のために聞いているが善が答えないので疑いを持ち始める。善はそれでも黙っていた。
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