輪廻Ⅱ『口下手』

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「スナック樹里を知っているね。やくざがお宅の住所を聞いて帰ったと証言している。ここに来たんじゃないの?あの男はね、金で殺しを請け負った。金を出した組の親分を既に拘束している。300万で受けたが相手が悪い、返り討ちにあって殺された。相手には正当防衛が付く、死に損だよ。それに300万が消えてね、奴が宿泊していたドヤをガサ入れしたが見つからない。不思議だろ?」 「どうして流しの私に?」 「勘だよ、何か勘が働いてね。人間て付き合いの長さで信用度を得られるもんでもない。一瞬の出遭いで感じた人を信じることもある。ましてやこれから死ぬかもしれない立場では特にね。私はね、あの男があんたの歌でそれを感じたんじゃないかと思ってね、それで訪ねて来た」  刑事が善を睨みつけた。 「知りません」  善は嘘を吐き通すことを決めた。約束を守りその後はどうでもいい。 「そうかい、それじゃ仕方ねえな。今日は流すのかい?」 「はい」 「また寄らせてもらう」  刑事は帰った。善はギターをケースに入れた。替えの弦をコートのポケットに入れた。今から出れば最終で甲府まで行ける。机の仏壇に手を合わせた。口下手だが心の内を理解してくれた唯一の妻は所帯を持ち五年で死んでしまった。いつ死んでもいい。心残りは妻の骨を置きっ放しにすることだ。善は一筆書いて机に置いた。郵便通帳には100万円が入っている。骨の処分代なら間に合うだろう。印鑑を添えて置いた。  甲府は雪だった。駅でタクシーを拾いやくざの住所を運転手に見せた。 「いやあ、行けるかな。山の北側で斜面の村だよ。アイスバーンだと崖から落ちる」 「行けるとこまで行ってください」  タクシーは発車した。
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