輪廻Ⅱ『口下手』

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「これを届けに来てくれたのかい?」 「あたしは横浜で流しをしています。おふくろさんに歌を聴かせてやってくれと。最後の親孝行です」  善は炬燵の赤外線に手を当ててかじかんだ指を解している。指が解れケースからギターを出した。チューニングして立ち上がった。  ♪旅のつばくら  淋しかないか   おれもさみしい サーカスぐらし   とんぼがえりで 今年もくれて   知らぬ他国の 花を見た ♪  母親は涙を流して聴いている。流しの声は素晴らしい、それより息子が好きな歌を覚えてくれていたのが嬉しかった。親不孝を重ねたと言うより、親を捨てて出て行った。出て行かざるを得ない貧しい村に生まれたことを怨んだ。善はフルコーラスを歌い一礼した。 「ありがとうございます。息子もあなたの歌を聴いたんですか?」 「はい、亡くなる前の日に」 「そうですか、それであなたにこれを頼んだんですね」  母親は合点が言った。母親を想い出す唯一のツールがサーカスの歌だったのである。 「私はこれで帰ります」 「この時間に車は有りませんよ。狭いとこですけど泊って行ってください」 「いえ、運転手が三時間も歩けば駅まで辿り着くと言っていました。流して歩くのが仕事ですから」  ギターをケースに仕舞い、背中に背負った。 「お元気で」  善はガラリ戸を開けて通りに出た。雪が降り始めた。来た道と思い歩き続けているが間違えたようである。身体は冷えてガタガタと震え出した。小屋がある。灯はない。鍵は開いている。山小屋である。ライターで照らすと薪が積んである。囲炉裏に新聞紙を丸めて小枝を折って重ねた。火を点けるとパチパチと音を立てて燃え上がった。枝をくべて火が大きくなると太い薪を載せた。善は囲炉裏端で横になる。寒気がひどい。かなり熱がある。『神様、死ぬなら女房のとこに連れて行ってくれ。口の足りない俺を分ってくれたただ一人の女だ。今度生れて来るならお喋りがいいなあ。九官鳥みていにみんなに喜んでもらえるといいなあ』  意識を失った。このまま眠ると意識を失い凍死する。
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