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プロローグ(全ての物語をつないた後に・・・)
最近、花山田家の厨房は少女で混雑している。則子と雪子は順番にまな板で包丁作業をしながら鍋との間を往復し、優美と巫美は煮物を作っているもう一つの鍋を正確に管理し、Roseと玉宝は食器を台所の隅に用意しながら食卓に飲み物を並べ、そしてAuroraはこの6人の間を行き来していた。
そんな風景を座って眺めていた博俊は、ぼそっと呟いた。
「あーあ、俺、最近料理しなくなったな・・・・」
分担を決めたのか、曜日によって誰がどこで何をするかを7人共しっかり把握している様な連携を見せていた。そして調理の手を緩めずに、7人とも楽しそうにお喋りしているのだ。博俊の立ち入るスペースは、全くなくなっていた。
「七人の小人ならぬ、少女達・・・・んー、暇だな・・・・」
すると、今夜はAuroraが甘えてきた。
「Darlingは、私とお話するのよ!」
「お、おう。」
Auroraは博俊の膝の上に、向い合わせで乗ってきた。
「Darlingは、私たちとcommunicationするのが、一番の仕事でショ!」
6人は料理をしながら、笑顔でうんうん頷いていた。
勝手口の呼び鈴が鳴った。
「どなたですか?」
博俊より先に、則子が尋ねていた。雪子が先を越されて少しムッとした。
「娜美で~す。」
「直ぐ開ける~!」
Auroraが博俊の膝の上から滑り降りてさっと勝手口に移動し開錠すると、娜美が入って来た。美味しそうな匂いを嗅いだからか、娜美のお腹が鳴った。
「ねえ、私の分、ある?」
「一人ブン、二人ブン、訳ないわヨ。」
Roseが、まだAurora程流暢ではない日本語で、朗らかに返した。
「じゃあ、利ンちゃんも読んで来ようかな。」
「呼んでおいで、呼んでおいで。」
優美が気安く同意したので、神経質な雪子が、え、足りるかしら、と厨房を見渡した。
Auroraはいつの間にか、博俊の膝の上に戻っていた。娜美は利美を呼びに行く前に、Auroraに懐かれている博俊に背中から抱き着いた。そして、料理をしている優美と巫美に顔を向けた。
「あのさ~お姉ちゃんたち、夕食が済んだら丹沢に行くって。」
「え、今頃? なんでなんで?」
「丹沢って、別荘?」
確かに今頃だった。今は、9月17日土曜日の18:20を過ぎたところだった。この頃の日本では、9月17日から1週間、秋休みと呼ばれる連休がある。したがって、家族がレジャーに行く場合には、金曜日の夕方に出るパターンが典型である。
松田家は、丹沢の山や高原の一角を所有している。その中に、別荘もある。
「お父さんが、何か現地で契約するんだって。で、ついでにキャンプしようって話に急になって。」
「確かに急だわ。」
「ほんとほんと。」
今度は、娜美が呼びに行く前に利美がやって来た。
「伝令~。夕食19:30には終わるかしら?」
一番年上のRoseが、代表して答えた。
「モウ出来たカラ、速く食べたラ、終わる。No problem。」
「利ん、あなたも食べなよ。私たちの分、あるって。」
「本当? わーい! 美味しそうな匂い!」
「美味しいわよ~。」
利美が上がって来た時、左手に紙を丸めて持っていた。
「利美ちゃん、それ、何?」
「え、あ、しまった、持ってきちゃった!」
それは、父が友人から受診したFAXだった。
「遊園地のイメージだって。」
「遊園地?」
優美達松田の姉妹が、利美の近くに集まって来た。
「さっき電話してたの。サーキットコースやジェットコースターを、森林公園を作ってそこに設置するんだって。」
森林公園を作る? つまり、森林破壊をするって事だな? 博俊は、綺麗な山の中にそんなものを作るのか、と思った。
「そのFAXって、地図なんだ。見せて見せて。」
優美が利美からFAXを受け取り、広げ、そしてそれを博俊達に見せた。
「平面図・・・・鳥観図だね、これは等高線かな?」
「これがジェットコースターかしら?」
「これはサーキットね?」
「観覧車まである!」
「ここに駐車場を作るのね?」
「これ、駅かしら。電車かケーブルカーでも作るのかしら?」
博俊は、その地図をじっと見ていた。妙な違和感があった。なんだか嘘くさいのだ。
「この縮尺だと、南北約2.5km、東西約4.5kmか。結構森林を削るなあ。」
近年、居住や娯楽の為に日本の自然が破壊されていた。丹沢にも自然がある。遊園地の為とはいえ、自然はできるだけ壊したくない。自然を壊しすぎると、その内人間が住めない世界になってしまうのではないだろうか。
博俊がそんな事を考えていると、優美がそれを代弁する様に呟いた。
「あそこには、いろいろな鳥や動物が住んでるわよね。」
巫美も続けた。
「覚えてるわ、静かで綺麗な山よね。観光地にはしたくないわ。」
「君たちのお父さんは、丹沢を遊園地にする検討をいつから始めてたんだろう?」
そんな事をする人には見えないんだけどな。
「さっきの電話で決めたんじゃないかしら。」
「電話?」
「お父さんの友達が電話してきたのよ。それで急に丹沢に行く事になったのよ
。」
博俊は、FAXの上の端に、送信元のFAX番号と名前が書かれているのを見つけた。
「タシマトオル・・・・この人かな?」
「そうそう、そう言ってた・・・・え、何で知ってるの?」
「FAXの送信者だよ。ほら。」
そのFAXは、提案書の様だった。そして、現地で最終打ち合わせをしたいという旨が書かれていた。
松田姉妹は、腑に落ちなかった。お父さんって、丹沢を遊園地にしたり、そんな事を急に決めたりする人だったかしら?
夕食が終わった頃、松田姉妹のお母さんがやって来た。
「夕食は済みましたか?」
「はーい。」
「じゃあ、今から行きますよ。」
「おばさん、丹沢の土地を売っちゃうの?」
博俊は、お母さんに尋ねた。いきなり質問されてお母さんは少し驚いた様だったが、小さい溜息をついて自分に言い聞かせる様に答えた。
「そうなのよ・・・・大学時代のお友達が、経営で失敗したから、今度こそって。お父さん、仕方ないなあって言ってたのよ。」
「そうなんだ・・・・」
「私も、気が進まないの。でもねお父さん実はその田島さんに、大学時代にすごくお世話になったらしくってね。」
松田姉妹が花山田家を去る際に、博俊は妙な胸騒ぎを覚えた。そして、松田一家が2台の自動車で丹沢に向かうのを音で知ると、椅子から立ち上がった。
「Rose、君のロードバイク、借りられるかな?」
「えー、今カラどこに行くノー?」
雪子が鋭く、博俊のしようとしている事を当てた。
「まさか、今から丹沢に行くんじゃないでしょうね?」
「当たり。」
「えー、自転車で丹沢に?」
「夜だから危ないわよ!」
「たぶん、往復3時間程度だよ。今日中に戻るから。ちょっと気になる事があってさ。」
「電話すれば良いじゃない。」
「そう思ったんだけどさ、松田家の別荘の電話番号を知らないんだよね。」
「ねえねえ、気になる事って、何何?」
「この話、裏があるんじゃないかって。勘なんだけどさ・・・・」
少女たちは反対したが、博俊はRoseのヘルメットを借りて、着の身着のままに防寒着を羽織り、自転車を出発させた。
以前にも松田家の別荘の話は聞いていたので、博俊はアクセス方法を知っていた。丹沢と言っても、県道64号線沿いの清川だ。寒川から厚木を抜ければ30kmぐらいだろう。アップダウンはあるものの、平均時速40kmで行けば1時間程度で着くだろう。博俊は、サッカーで慣らした足腰で、順調にロードバイクを走らしていた。
ところが、博俊は天気を確認するのを忘れていた。寒川から厚木に向かう途中の緩やかな坂道で、靄掛かって来た。いつ雨が降ってもおかしくない雰囲気だ。そして、厚木に入ったところで雨が降り始めた。丹沢郡に入ったとたん、雨脚が強くなってきた。防寒着で多少の雨は凌げて履いたものの、顔が冷たくなってきた。
「しまったな・・・・」
これ以上雨がひどくなると、防寒着の中まで濡れてきそうだ。そして気温も急激に下がって来た様だ。さすがの博俊も、疲労を感じざるを得なくなってきた。
「待っても止みそうもないか・・・・ってことは、先を急ぐしかないな。恐らく、自動車を途中で追い越した筈だから、慌てる必要はないけどな。」
いよいよ山道に入った。雷が鳴り始めた。路面に水溜まりが目立ち始めた。道が蛇行し始めたので、ハンドル操作には慎重を要する。
「それにしても、タシマトオルってどんな人なんだろう・・・・」
その時、一瞬視界が真っ白になった。
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