悪霊と変質と浄化

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悪霊と変質と浄化

 今、地球が人間の手で壊されようとしています。あなたに5つの力を預けます。そして、あなたに5人の協力者を向かわせます。地球を救って下さい。  綺麗な女の人の声が聞こえた。あれ、僕は何をしているんだろう。体が動く様になった。指先に草の柔らかい感触があった。体に暖かい日差しの感触がある。  目を開けると、そこには、見知らぬ風景が広がっていた。 「え、草原? 昼?」 「あー、気がついた?」 声がした方を見ると、快活そうな少女がこちらに歩いてきた。誰だ? 短くもライオンのたてがみの様にふさふさした髪の毛は、真っ赤だ。ぱっちりと大きい目は、光彩が赤い。健康そうな足がジーンズ風の短パンから伸びている。なんとなく下半身ががっしりして屈強そうだ、陸上選手なのかな? 見たところ中学生か小学生の様だけど・・・・  黙って自分を見ている博俊が怖がっていると思ったのか、その少女はニコッと笑った。 「あー、大丈夫、私悪霊でもなければ、変質もしてないから!」  悪霊? 変質? 博俊がきょとんとしていると、その少女がペラペラしゃべりだした。なんだか嬉しそうだ。 「でもさ、よく逃げ果せたね。まだ変質させられてない男の人がいるなんて、信じられないよ。あなたさぁ、頼りにしてるから! はい、どうぞ。」 少女は、持っていたバナナを1本、博俊の方に差し出した。  ちょっと待って、状況が呑み込めてないぞ。えっと、この少女とは会った事はないよな。この草原は・・・・見た事がない、知らない。でも、風景はなんとなく・・・・・どこかで見た様な・・・・なんでここにいるんだろう。あれ、今はまだ昼だよな、何だかそれじゃいけない気がするんだけどなあ・・・・。  博俊がバナナを持ったまま殆ど動かず何もしゃべらないので、少女は半分心配そうに博俊を覗き込んだ。 「どうしたの? 気持ち悪いの?」 「あー、えっとね、気分は・・・・悪くない。」 そう言って、博俊は反射的にバナナの皮を剝き始めた。意外と快活な声が聞こえたので、少女は安心した様だった。 「あー、良かった、大丈夫そうだね。」 「えっと・・・・」 「ん?」  博俊は、何から喋れば良いかちょっと考え込んでいたので、その少女と見つめ合っている様な恰好になった。少女は、最初ちょっと胡散臭そうにして、次にちょっとはにかんだかと思うと、最後ははっとして叫んだ。 「え、ちょ、もしかして、記憶飛んじゃったの?」 あー、確かにそれに近い状態かも知れないな。博俊は、パクっとバナナを一口食べた。 「そう・・・・だね・・・・う~、美味しい!」 少女は、そうかー、と大きなため息を一つついた。 「そうよねー、何しろあの崖から転がり落ちてきたんんだからね~。」 「崖だって?」 「うん、あそこ。あなたさ、結構長い間気絶してたのよ。」 そう言って、少女は崖を見上げながら指さした。そんなに高くはないが、確かに崖があった。  え、俺、あそこから落ちたの? 博俊は、全身に痛みがないか、大急ぎでチェックを始めた。しかし、何ら不調も不具合も感じられなかった。擦り傷さえ見当たらない。本当に滑落したのだろうか?  その仕草が面白かったのか、少女がクスクス笑った。 「でも、怪我してないみたいで良かった。奇跡よ、普通は骨折ぐらいすると思うわよ。よほど上手に受け身をしたのかしらね。」 博俊は立ち上がり、手足を動かしてみた。ちゃんと動く。痛く、ない。  少女は、バナナを食べる終わると、まだ半分ぐらいしか食べてない博俊に早く食べる様に促した。 「食べられる時に食べといてね。事態はめちゃくちゃ深刻なんだから。あなたがどこの人か分からないけど、こっちに部落があるから、来て。まだ変質させられていない人が集まって、生活してるの。全員女性だけどね。男性はみんな、変質させられちゃった・・・・」  すると、遠くからキャーッと言う悲鳴が聞こえた。少女の顔が青ざめた。 「え、嘘でしょ?!」 少女はバッと駆け出した。 「女性が?! やだ!」 「どうした?」 「襲われてる! 部落が!」 少女は、博俊を置いて森の中に駆け込んでいった。  博俊は、先ほどから夢の中にいる様だった。思考もまだ回らなかった。しかし、残された部落で女性が襲われている、そう聞いて、体が動いた。 「おい、待ってくれよ! 部落ってどっちなんだよ!」 遠く先行していた少女からの返事はなかった。  と、博俊は妙な事に気づいた。 「あれ?」 少女の行った方向が判るのだ。匂いだ。そして、周囲の草木が教えてくれている。更に、博俊は元々俊足だったが、今は100mを数秒掛からない様な速さで疾走している。体が軽い。そう、まるで風になった様だ。時折、空中を飛んでいるのではないかと思われる程、体が浮いている。  瞬く間に、だいぶ先を走っていたその少女に追いついてしまった。博俊がまさに少女に声を掛けようとした時、辺りが急に暗闇になり、目の前に巨大な恐竜の様な物が見えた。それだけでなく、不愉快な臭気や雑音が辺りを覆った。鼻が、耳が、何だか痛痒い。それに、全身に妙な圧迫感を感じる!  少女は、その大きな物を見て、ポケットに手を入れてから一瞬どうしようか迷ったが、そいつが狂暴である事を感じ取ると、ポケットから手を出してそこに落ちている木切れを放り投げた。 「こらー、こっちだ、こっちだ!」 その大きな物の向こうには、縄文時代の人家の様な物が見えた。ははん、この娘は、そこに住んでいる人からこの化け物を遠ざけようとしているんだな? 「よし、一緒にこいつらを遠ざけようぜ!」 博俊が少女に声を掛けると、少女はびっくりした様だった。 「え、あ、うん。」  博俊は、急に近くに川が流れている事に気づいた。かすかな川の音がしたのだ。そして、その川岸は崖の様に感じた。風が吹いているのだ。何だろう、この研ぎ澄まされた五感は! しかし、今はそんな事を書投げている場合ではなかった。この化け物をさっさと川に誘導して、転落させなければならないのだ。 「川に落とそう!」 「え、待って、ダメ!」 「なんでだよ、部落を助けるんだろ?」 「あれは、部落の人が変質した姿なのよ!」 「?」 「殺しちゃダメなの! 太陽の光に当てれば、動かなくなるから!」 どういう事だ? しかし、そんな事を考えている暇はなかった。その化け物は、博俊と少女に襲い掛かって来た。  少女は博俊の手を取った。 「さっきの原っぱまで、逃げるわよ!」 「分かった!」 「あ、れ?」  少女は、博俊の手を引っ張って、広場まで走るつもりだった。ところが、その博俊が逆に、少女の手を引っ張って先を走り出したのだ。この人、何、こんなに速く走れるの?  ところが、その化け物もかなり速かった。例えば漫画ではこういう場合、この少女が扱けてピンチになるのが定番なんだよな。頼むから扱けないでくれよ・・・・。 「きゃ!」 扱けたよ! しまった、先を走り過ぎたかな。  それが命取りになった。博俊は慌てて少女の手を引っ張って助け起こしたが、間に合わなかった。化け物の大きく開いた口が二人の上から襲い掛かって来た。 「わー!」 博俊は少女に覆い被さり、目を瞑った。その瞬間、何だか体から妙な光が鼻垂れた様な気がした。  あれ、静かだな・・・・。博俊が目を開けると同時に、少女も動いた。 「ど、どうなったの?」 辺りは、森の静けさを取り戻していた。先程までの妙な匂いや雑音、そして圧迫感はなくなっていた。 「あ! 人!」 「え?」 5mばかり後ろに、人が数人倒れていた。 「俺が行く。」 博俊は少女を後ろに庇いながら、用心しながらそっと近づいて行った。 「あ、浄化されてる!」 博俊の後ろを追従していた少女が、博俊の横に出て叫んだ。 「この人達、部落の男性よ! 昨日悪霊に変質させられたのよ! でも、どうして? どうして浄化できたの?」 少女は上を見上げた。太陽の光は、沢山の木の葉の隙間から、木漏れ日を作っていた。 「この光の量じゃ・・・・無理よね・・・・」 今度は、少女が当惑する番だった。  博俊は、浄化された人に近づいて行った。 「死んでるんじゃないだろうね・・・・おーい、大丈夫ですか?」 博俊が揺さぶると、その人は唸り声を出して体を動かした。生きてるみたいだ。 「わ、私、女性達を呼んで来る!」 「あ、ああ。」 博俊は、少女が部落の方に行くのを見届けてから、今後こそ何事も起きそうもない事を確認して、倒れた人を順番に揺すり起こしていった。 「大丈夫ですか?」 「う~、痛たた・・・・」 「じっとしてて、今人が来ます。」 「く・・・・何だか頭が鳴ってやがる・・・・」  光が、部落から女性達を連れて戻って来た。女性達は、博俊のそばで座り込んでいる男達を見ると、慌てて駆け寄って来た。 「お前さん!」 「お父さん!」 「あんた~!」 「おお、俺、どうなってたんだ?」 「ど、どうしたんだよ?」 どうやら、この男達は、自分達が変質させられた事をはっきりとは覚えていない様だった。それでも、記憶はちゃんとある様だった。  ひとしきり感動の再会を味わった後、お母さん達が博俊と少女の方を見た。 「(ひかる)ちゃん、あと、そこの人、ありがとうございました。」 「何もないけど、とりあえずうちに来て下さいな。」 「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」 子供たちが、光と呼ばれた少女と博俊の周りを回り始めた。  光が博俊の方を見た。 「さ、部落に行こう。あなたもちょっと疲れたでしょ。休みましょう。」 「そうだな・・・・」 小さい女の子が、博俊の手を引っ張った。 「お兄ちゃん、来て、来て!」 「あ、わ、分った分った。」 「へえ、懐かれてるわね。」 光がくすっと笑った。へえ、可愛いんだな。 「あのさ、君、光ちゃんって言うの?」 「そうよ。光で良いわ。あなたは?」 「博俊。花山田博俊。」 「えっと? はなやまだ?」 「野に咲く花の花、富士山の山、田んぼの田。珍しい苗字だろ?」 「へえ。」 光は少し考えていたが、博俊をどう呼ぶか決めた様だった。 「んじゃ、宜しくね、博俊君。」 「宜しく、光。」
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