探し人

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探し人

 博俊が連れられた部落は、木が密集した場所だった。3本の太い木の根元にそれぞれ木造の母屋があり、それらの木の一番低い枝にツリーハウスの様な離れがあった。母屋と離れは梯子でつながっている様だ。また、地上にも一つずつ離れがあった。後で聞いたところでは、厠と風呂場らしい。この3棟で一家族が住んでいる。これが3家族分あるという訳だ。  博俊と光は、道中子供たちに囲まれていたが、博俊は特に一番大きい女の子と二番目に大きい女の子に手を引っ張られていた。年の頃は、6歳と5歳ぐらいだろうか。 「お兄ちゃん、こっちこっち!」 「早く早く~!」  一方の光は、子供たちとお喋りしながら、部落の方に自発的に動いていた。どうやら、部落には何度が来ている感じだった。  この3家族は安全の為に共同生活していた。それぞれの母屋の真ん中には、平屋とキャンプ場の様な広場があった。食事はここで全員揃ってするらしい。  博俊は、自分たちの周りを駆け回っている子供達が、全員少女である事に気づいた。 「1,2,3,4,5,6人、へえ、全員女の子なんだ。」 すると、女の子たちは顔をぐしゃぐしゃにし始めた。 「あ、ごめん、俺、禁句言った?」 光がぽつりと、必要最小限の説明をした。 「悪霊にされたんだと思う。」 博俊は、光の方を見た。 「私がこの部落に来た時には、もう男の子はいなかった。でも、3家族それぞれに男の子はいたんだって。」 「悪霊に・・・・変質されたのか」 光は無言でうなづいた。  博俊の足元で泣いている4歳ぐらいの少女を、博俊は抱き上げた。 「ごめんね、俺、何も知らないんだ。」 少女が鼻をぐしゅぐしゅさせながら、博俊に抱き着いてきた。  そういえば、先程の化け物も、この部落の男達が変質した物だった。博俊は横歩きで光に近寄って、質問した。 「後でいろいろ訊かせて貰うけどさ、悪霊って、なんで男ばかり変質させるんだ?」 「分からない。でも、私は、変質って結局魂を吸い取られる様な現象だと思ってるんだ。男性の方が魂を吸い取られ易いのかも知れないわね。女性が一人も変質させられていないかって言われると、それはそれで判らない。」 「なるほどね、男の方が生物学的には軟弱だからな。」 「へえ、知ってるじゃない。」 「でもさ、その変質した男の化け物が、さっき女性たちを襲おうとしてたんだろ?」 「うん。」  博俊はこの世界に迷い込む前の、元の世界では、昔から少女達と一緒に、その少女達の母親に守られて成長してきた。その中で女性が子孫を残すために大変辛い役目を背負っている事を、体験的に教わっていた。 「つまり結局は、男が女性を襲ってるって事か・・・・・ふざけてるな。」 勿論、その変質と言う外力が男にそうさせているのだろうが、博俊からすると、男が女性を襲う、こんな事はどんな状況に置かれていてもあってはならない事だった。  博俊は、抱き着いている少女、恐らく6の中で一番幼い少女の背中を、ポンポンと軽く叩いた。 「お兄ちゃんが、君達を守ってあげるぞ。(まだ状況を把握してないけどね。)」 少女は、涙と鼻水でギラギラ濡れた顔を上げて、少しだけ博俊を見た後、再び抱き着いて嗚咽を鳴らし始めた。  中央の木造家屋の厨房で、簡単なおやつの支度ができた様だった。お母さん達が、鍋と食器を持って外に出て来た。 「光ちゃんとそちらの方・・・・博俊君で良かったかしら? 汁物を作ったから、食べてね。ほら、あんた達も。」  わーっと少女達が集まって来た。その頃になると、少女達も元気を取り戻していた。博俊はほっとした。  少女達がお母さん達に尋ねていた。 「何?」 「いつもの?」 「そうよ。」 「お兄ちゃん、この煮汁美味しいんだよ。」 「そうかい? そういえば、良い匂いがするね。」 「栄養満点だから。」 「はい、薬草や野菜を煮込んでますよ。」  博俊と光は、椅子に座った。 「光はいつも御馳走になってるの?」 「ま、ね。」 そういえば、光はこの部落の家族じゃないんだよな。一体誰なんだろう、何だかいろいろ知ってそうだし。・・・・・ってもしかすると光も俺の事をそう思ってるかも知れないな。 「あ、そういえばさ・・・・」 博俊は、さっきから人気どころか、化け物以外に全く生き物の気配を感じていない事に気づいた。 「人間以外の動物がいないみたいだけど、この辺りってそういう場所なの?」  煮汁を飲みながら、何となく訊いたつもりだったが、この手の物語ではそれがフラグになる事が多い。多くの著者が打ち明けるには、物語進行上、やり安いからとの事。  突然、ガサゴソッという音がした。 「みんな、動かないで!」 光が立ち上がり、音がした方を見た。博俊も顔をそちらに向けた。ガサゴソと何かが近づいてきた。そして遂に、この集団を見つけたのか、こちらに向かって走り始めた様だった。 「くっ!」 光は、ポケットに手を入れた。  何か黒い物が、茂みから飛び出してきた。 「グワーオ!」 博俊は少女達を守ろうと身構えたが、黒い物は意外と小さかった。ちょうど猫や犬ぐらいだろうか、黒い物が着地してこちらを睨んだ。  その黒い物は、おかしな形をしていた。ウサギの様に長い耳をしていたが、狐の様に長い尾を持っていた。そして胴体はまるで豚の様に丸々していて、顔はヘビやワニだった。  博俊は、何だこれは、と思いながら、光をかばう様に前に出た。 「今度の化け物は、動物と動物の合いの子か・・・・」 博俊がそう呟くのを聞いて、光は体をピクッと震わせた。  「今度は小さいな・・・・・えっと、太陽の当たるあの原っぱに追いやれば良いんだよな?」 光はハッと割れに帰った様に、慌てて返事をした。 「待って、この矢を刺して。」 光は、博俊は10本ばかり白い矢を渡した。 「何これ?」 「太陽の白矢。変質した生物を浄化させる道具なんだ。」 博俊は考え込みかけたが、その前に小さい化け物たちが攻めてきた。意外と動きが速いぞ! 「く!」  ところが、博俊は更に俊敏だった。博俊が、目にも見えない速さで動き始めた。これは博俊自身にも予定外だったが、光も勿論呆気に取られてしばらく博俊をボケっと追い掛けていたが、次の瞬間はっと気づいた。もしかして、この人、私が探していた人?  一方博俊は、何だか夢の様に体が自由に動いて、最初戸惑っていたが次第に慣れてきたからか、ある時は飛び跳ね、ある時は浮き上がり、より高度な動きを見せる様になってきた。そして、元々サッカーで鍛えた持ち前の空間認識力がそれを助け、次々に化け物に白矢を刺していった。  白矢を刺された黒い物は、ウガッと一瞬唸り声を上げた後、動きを止めて形を変えた。 「え、こいつは豚と蛇だったのか?」 「こら、気を抜かない!」 「あ!」 光に注意されて、博俊は目の前に迫った別の化け物に、すんでのところで白矢を刺す事ができた。 「今度は狐とウサギか!? 一体、どんな組み合わせだよ!」  これらの化け物は、人間ではなく、動物が変質した物だった。そして人間同様に、その殆どは雄だった。後で聞いたところでは、変質した動物は何構わず襲う様になるらしい。白矢を刺されて浄化されると、動物たちは元の姿に戻り、本来の行動をする様になった。とは言え、何が起きているか解らないのは人間も動物も同じ様で、浄化された動物たちは木陰に隠れたり、木の上に逃げたりと、恐怖におののき存命に奮起していた。  博俊は1体、2体と順番に浄化させていったが、多勢に無勢、何体かは取り逃がしてしまった。 「そっちに行ったぞ! 光、逃げろ!」 ところが、光はニヤリと笑った。 「へへん、地上で私に敵う訳ないじゃん!」 光は、博俊程でないにせよ、俊敏な動きで取り逃がした魔物たちに矢を刺していった。その行動は、まるで豹かチーターの様だった。 「へえ、意外とお前、やるじゃん。」 「そう、でしょ・・・・(本当は、こんなもんじゃないんだけどな・・・・)」 「それより、矢がなくなった、まだあるならくれないか?」 「そっか、矢も補充しないとね・・・・ほら、あと3本あげる。私も3本、これで終わり!」 「化け物たち、もっといるみたいだよ。」 「く~、どうしよう・・・・」  漫画ではこういう説明的なセリフを言う機会が与えられるが、こういう現場ではそんな事をしている暇は実際にはない。残った化け物が全員博俊と光を目指して飛び掛って来た。 「集中攻撃かよ!」 博俊は再び光を庇い、背中を丸めた。その瞬間に、博俊が光輝いた。 「わわわ・・・・あ!(やっぱり!)」  光は、最初博俊に抱き着かれて恥ずかしがっていたが、その後、今度こそはっきりと見た。自分を庇って覆い被さった博俊の全身が輝き、太陽光の様な明るい光線を放っていた。そして、それを浴びた多くの小さな化け物達は、一瞬にして浄化されてしまった。邪気は消え、辺りは澄み渡った。そして、そこには多種多様な動物達が、変質される前の元の姿を現していた。 「あ、くーただ!」 「ぷーこもいる!」 少女達が声を挙げた。その動物達は、多くは野生動物だったが、何頭かは元々この部落で飼っていた家畜だった。 「まあまあまあ!」 「ありゃりゃ!」 お母さん達もお父さん達も驚いていた。  光は、暫く博俊の下でぼーっとしていたが、はっと気づいて博俊に怒鳴った。 「ね、ねえ、近い! 重い! ど、どいて!」  その声を聴いて、今まで目を瞑って硬くなっていた博俊が、目を開けて、体を動かした。 「あ、化け物たちは?」 また、化け物って・・・・それより、この人、気づいてないんだ。自分が何をしたか、どんな力を持っているか、全然分ってないんだ。光は、あなたが浄化したのよ、と言おうとして止めた。やっぱり、やっぱりこの人、私が探してた人?  博俊は、辺りを少し見回して、気配や匂いで正常が戻った事を認知した。 「いなくなった・・・・・みたいだな?」 博俊はそう言って、光を見た。15cmの距離だった。光は猛烈に焦った。 「だ、だ、だから、近いって!」 「あ、悪い悪い・・・・」  博俊が立ち上がろうとしたら、そこに少女達が飛び乗って来た。 「お兄ちゃん!」 「うわ!」 「ありがとう! くーたが帰ってきた!」 「ぷーこも帰って来た!」 博俊は、少女達の体重と勢いで、光の上に押し倒された格好になった。博俊の唇が、光のそれに押し付けられた。 「んぐ・・・・んえん(=ごめん)!」 「んんん///」 光の心臓の鼓動が、博俊に伝わって来た。二拍子♩=160、凄い心拍数だ。そういえば、光の少し膨れた胸も博俊に押し付けられていた。  そこにお母さん達もやって来た。 「こらこら、あんた達、光ちゃんと博俊君が起き上がれないじゃないの。」 「重たいって。お退きなさい。」  それでも、少女達は、失ったものが次々と帰ってくる喜びを隠せず、博俊に抱き着いていた。博俊と光が立ち上がったのは、数分後だった。
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