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夜の騒動
博俊と光は、その後大急ぎで、浄化された部落を回った。念の為の他、博俊が土地勘を養う目的もあった。
悪霊がいなくなっていたので、どの部落も元の平和を取り戻していた。道中鳥や獣にも遭遇した。ミミズやいもりを踏みそうになって、博俊はささっと避けていた。また、頭の上をリスが通過する事もあった。自然の生物系が復活した様だった。
大人達は、自分の家のある部落に着くと、そこに腰を下ろした。しかし子供達は男の子も女の子も、全員博俊に全行程随伴した。今回ばかりは、父親がどんなに反対しても少女達はがんとして譲らなかった。お母さん達も、ここに居残るより安全かも、と許したので、お父さん達は承服せざるを得なかった。
途中で、子供達が希望したので、博俊は一人ずつ抱っこして空を飛んで見せた。子供たちは最初は大層驚いていたが、空の散歩をキャッキャラと楽しむ様になっていた。
博俊はその過程でユーラシアのカプセルを見た。
「光、君のお姉さんのカプセルが、少し輝いていたよ。」
「え、本当?」
「最初目の錯覚かと思ったんだけどね、子供達も同じ様に輝いているって言ってたし、光線の具合でもなかったと思うよ。」
後で光が博俊の手を引っ張って、例の原っぱに行き、そのカプセルが見える場所まで移動したところ、確かに輝いていた。
「そっか~。夜でも輝いてるんだね。」
「お姉さん、力が少し戻ったかもしれないわ。」
あなたのお陰、そう言えずに、光は下を向いてもじもじしていた。
夜になった。博俊がこの世界に来て、最初の夜だった。
「そっか、ずいぶん長い一日だったなあ。」
「わ、私さ、いつもこの真ん中の家を借りて寝泊りしてるんだ。あなた・・・どうする?」
「どうするったって、寝袋もないし、外に寝る訳にも行かないだろ。俺、別の部屋に止めて貰うわ。」
すると、少女たちがあっけらかんと提案してきた。
「お兄ちゃんと今夜一緒に寝る!」
「あ、私も!」
「あらあら、すっかり懐いちゃって。」
「魔物がまた来たら、お兄ちゃんに退治して貰うんだー!」
お母さん達は、それも良いわね、と言う顔をしていた。こうなると、幾ら反対しても仕方がないので、お父さん達は、苦虫を潰した様な笑顔を見せていた。
「お兄ちゃん、お布団ないでしょ?」
「私たちのを分けてあげる。」
「一緒に使おう!」
光は、いくら少女とはいえ、博俊と同じ布団で寝かせるのに抵抗があった。
「あ~、あなた達、さすがに大勢で一緒に寝ねると、お兄ちゃん寝られないんじゃないかしら~?」
お父さん達は、お、そうだそうだ、と言う顔をしていた。
すると、少女達も抵抗してきた。
「あの建物、大きいから、夜は冷えるのよね。」
「私達がいた方が、暖かい筈よ。」
「だいたい、お兄ちゃんの布団がないじゃない。皆で分けてあげないと!」
お父さん達は、お母さん達の方を見たが、どうも無視された様だった。
光は、この娘達は引き下がりそうもないなと思ったので、代替案を提示した。
「分かったわよ、皆で一緒に寝ましょう。私もそこで、寝るから!」
「まあ、楽しそうで良いわね。」
「光ちゃん、宜しくね。」
「遠足みたいね。」
と言う訳で、風呂に入って、歯を磨いて、布団を敷いた。そういえば博俊は何も持っていなかったので、全てお母さん達が用意してくれた。
博俊が部屋の片隅でお母さん達に借りた寝間着に着替えると、光達も別の片隅で着替えた。
「お兄ちゃん、見てみて!」
「可愛いパジャマでしょ?」
「お兄ちゃんも似合ってるよ!」
少女達はすっかり浮かれていた。他方、光は思い切り恥ずかしそうだった。
「お、光も可愛いパジャマだな。」
「お、襲わないでよ?」
「だ、誰が!?」
「・・・・・じろじろ見ないでよ。」
「見てない!」
すると少女達やって来て、博俊を光から引きはがすのだった。
光は何だかすっかり博俊を意識してしまっていた。適当な距離感が掴めず、柄にもなくおたおたしていたのだ。
少女達は博俊を布団の中に入れて、抱き着いてきた。光は、ああもう、無邪気って罪よね、とうらやましくも思っていた。
「あのね、私、料理得意なんだよ。」
「私、走るの速いんだから。」
少女達も興奮していたのだろう、いつもはとっくに寝ている時刻になっても、お喋りを続けていた。
「お兄ちゃん、一緒にトイレに行こうね。」
「はいはい、行こうな。」
少女達は、いつもは怖がって一人で行けないトイレに博俊を誘い、楽しそうに用を足した。
「ちょっと喉乾いたわ。お兄ちゃん、一緒にお茶飲もう!」
少女達は水筒を持って来ていて、その水筒を博俊にも飲ませ、それから自分達も飲んで、嬉しそうにしていた。
そして、少女達は、博俊の上に乗ったり、横から抱き締めたりと余念がなかった。傍に光がいるのに、全く気にせず博俊に懐いていた。
その少女達がやっと眠りに就いたのは、真夜中だった。
実際、少女達のお陰で布団は暖かかった。少女達が抱き付いて寝ているので、博俊はしょうがないなと抱かれていた。光はもう寝たんだろうか。
「光?」
凍えて囁いてみた。すると、返事があった。
「な、何?」
光は、子供達の向こうで、いつもの自分の布団で寝ていた。窓際から、子供達、博俊、子供達、光の順で寝ていた。
「あー、起きてたのか。」
「・・・・だって、あなた達、煩かったんだから。」
「悪い悪い・・・・」
「暖かいでしょうね。」
「暑いくらいだよ。」
「子供は体温が高いからね・・・・私も明日はそっちに行こうかな。」
「お前まで来たら、布団要らないかもな。」
「・・・・・」
「・・・・・」
暫く沈黙が続いた。こういう場面でしびれを切らすのは、大抵男だ。博俊はちょっと考えていたが、明日の事を提案した。
「明日朝一番に、君の姉さんの所に行ってみよう。今日より元気になってるだろうね。そしたら、いろいろ質問にも答えてくれるだろうし、そしたらもっといろいろ判るかもしれないし。」
「・・・・うん。」
「姉さんも君と会えて喜ぶよ。あー、俺がまた背負って連れて行ってやるよ。」
「・・・・うん。」
優しいのね、あなたは。でも、お姉さんが本当の事を全て喋ってしまうと、私の正体がばれちゃう・・・・・あなたは、そしたら、私を嫌いになる?
「君は、ここにずっと住んでるの?」
唐突な質問だった。
「いいえ、私はお姉さんの指示で、この国中をあちこち回ってたのよ。ここは、お姉さんに近かったこともあって、最後まで変質され切らなかった場所だったの。だから、ここで踏ん張ってたのよ。」
「君は普段、どこに住んでるのさ。」
「どこって・・・・・あちこち、かな?」
「じゃあ野宿とか、こういう空き家で寝る事には抵抗ないんだね。」
「寝袋があるのよ。」
「あのさ・・・・」
博俊がちょっとここで言葉を切ったが、ずっと考えていた事を言った。
「僕ら、ここに留まる訳にはいかないんじゃないのかな? ユーラシア国だっけ、あちこちを浄化して回らないといけないんじゃないかな?」
「そうね・・・・」
そうよね・・・・・え、そうすると私、博俊君と一緒に、一緒に、旅に!?
「僕も寝袋をどこかで用意して貰わないと。」
博俊と光は暫くぼそぼそと話をしていたが、やがて博俊の言葉が途切れた。さすがに疲れたのか、博俊は少女達を抱きながら寝入ってしまったのだ。
一方の光は、その夜暫く眠れなかった。やれやれ、人の気も知らずに、この男はグーグー寝ちゃって。光は、そっと布団から出て、博俊の寝顔を見に来た。昼間、こいつにキス、されたっけ・・・・そう思いながら、今度は自分から唇を重ねてみた。
唇を離す時に、ちゅっと心地よい音が響いた。
「ふん、あんなファーストキス、ないんだから。」
そう言って、光は布団を少しだけ近づけて、そこに入った。少女達の体温が、なるほど暖かく感じられた。久しぶりの平穏な夜だった。いろいろ昼間の事を思い出していたが、次第に安らかに気持ちになってきた。そして、やがて光もすやすやと寝息を立てていた。
上弦の半月がいつの間にか沈んでいた。空が晴れたので、雲間からは久し振りに多くの星が輝いていた。
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