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「"シャッター通りのバンクシー"……なんだそりゃ?」
覆面パトカーの助手席に深く背もたれていたスーツ姿の中年警部が、黒々とした精悍な眉を片方だけハネ上げて聞いた。
運転席の若い刑事は、外灯の少ない深夜の市道を危なげないステアリングで運転しながら、意外そうに聞き返す。
「知らないんですか、バンクシー? 世界じゅうの建物の壁とか橋とかに、メッセージ性の高い社会風刺的な絵を描きまくってく、神出鬼没、正体不明の天才アーティストで……」
「バンクシーくらい知ってるよ!」
「"シャッター通りのバンクシー"ってのは、日本じゅうのヒナびた商店街のシャッターに勝手にペンキで絵を描きちらしてく、覆面アーティストですよ。3年くらい前からSNSとかでバズりだして。本家のバンクシーと同じく、まったく正体が分からないのに、ちょっとしたカリスマ扱いで」
「ヒトサマの店に無断で落書きするなんざ、オマエそりゃ、リッパな建造物損壊だろうが。うまくすりゃ、威力業務妨害もセットにできる」
「"うまくすりゃ"って言い方は、ちょっと……」
「カリスマどころか犯罪の常習者のくせに、警視庁で話題すら聞いたことねぇぞ、今まで」
「"シャッター通りのバンクシー"に落書きされた商店街は、全国から客が集まって大繁盛するんですよ。話題性がハンパないんです。だから、誰も被害を訴えないし。それどころか、"ウチの店にも来てくれ!"って、彼女のSNSアカウントには、日本じゅうの店からコメントが何百件と書きこまれてるアリサマなんですから……」
「彼女? さっきは、正体不明って言ってなかったか?」
警部は、苦み走った顔をウロンにしかめ、運転席を横目でニラんだ。
若い刑事は、前方の路肩に連なる赤いランプの後尾にゆるやかにハンドルを切りながら、いたずらっ子じみた童顔をキリリと引きしめた。
「それがですね。今回の被害者の遺留品のスマホを調べたら、"シャッター通りのバンクシー"のSNSにログインしっぱなしだったんですよ。つまり、この被害者こそ、謎の覆面アーティストの正体なんじゃないかと」
「そのうえ、殺されていた現場は、ヒナびたアーケード街……」
「なので、所轄だけだと手に余る捜査になりそうだから、初動でオレたちにお呼びがかかったんでしょう」
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