シャッター通りのバンクシー

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 参考人の名目(めいもく)で殺人現場に呼ばれハチ合わせした2人は、半年前に破局(はきょく)した恋人同士だったのだ。  いわゆる"元カノ"と"元カレ"というヤツ。 「まさか、アナタが彼女をっ!」  元カノたる女性は、先ほどまでの可憐(かれん)な印象をかなぐり捨て、血相(けっそう)を変えて怒鳴(どな)った。  元カレたる青年は、ブンブンと首を横にふり、 「ふざけるな! 僕は、たまたま近くを通りかかっただけだ。このアーケード街に足を踏み入れたのだって、今が初めてなのに」 「たまたま通りがかるなんて、ありえない。アナタの職場もマンションも、ここからずっと離れてるじゃないのよ。彼女を見張って、ここまでコソコソ後をつけてきたのに決まってるわ。この大ウソつき!」 「ウソつきは、そっちだ! 初心(ウブ)で純情なフリして、実は隠れて浮気してたろう? あげくに僕をフッたクセに」 「そういう疑い深いところにウンザリしたのよ!」 「僕に内緒でコソコソ、しょっちゅう深夜に外出してたじゃないか。浮気じゃないなら、なんだったんだ?」 「そんなの今さら、アナタに説明する義理なんかないわ」 「なんだと? この尻軽(しりがる)め!」 「そっちこそ、ヒトゴロシ!」  黄色い規制テープのすぐ外側で、今にもツカミかかって取っ組み合い(とっくみあい)をはじめそうな2人を、所轄(しょかつ)の女性警官と若い刑事が、それぞれ背後から抱え込むようにして後ろに引きずった。  どうやら、おとなしげな顔に似合わず、青年は、交際相手に対する束縛(そくばく)(はげ)しかったようで。  元カノと非常に懇意(こんい)だった被害者の女性に、元カノにフラれたサカウラミを抱いていたフシがある。 「あれ?」  若い刑事は、細長い青年の上体にシガミつくような格好で抑えつけるうち、不意にケゲンな声をあげ、 「なんか、ペンキみたいな匂いが……?」  と、青年のシャツにブシツケに鼻を寄せてクンクン匂いをかいだ。 「失礼じゃないですか! ペンキなんて見てもいませんよ、僕」  青年は、繊細(せんさい)な柳眉を心外そうにしかめ、刑事の両腕を荒々しくふりほどいた。  洗いざらしの白っぽい無地のシャツには、たしかに、小さなシミひとつ見えない。チノパンも、シンプルな白いスニーカーも、オロシタテのようにピカピカだ。  潔癖(けっぺき)性分(しょうぶん)なのだろう。身に覚えのない体臭(たいしゅう)指摘(してき)されたことで、ずいぶんイラついている。  一方、鑑識員(かんしきいん)の1人が警部に声をかけた。 「被害者のズボンの尻ポケットに、こんな紙きれが入ってました」 「…………?」  警部は、スーツの胸元から白手袋を出してハメてから、四つ折りにされた白い紙を受け取った。  広げると、A4サイズのコピー用紙。カラープリンターで出力されたカラフルなイラストに彩られている。  グラフィック用のPCソフトを利用して描かれた、いわゆる"デジタル画"だ。  横長の画角には、フワフワした小さな綿毛(わたげ)を無数に散りばめたような黄色い花房の花束が、背景を占める虹の中から舞い飛んでいる。この商店街のモチーフとされている、ミモザの花をデザインしているのだ。  画角の端のほうには、絵の具を散りばめたパレットと絵筆が、今まさに虹の橋を生み出している最中というギミックの、躍動的(やくどうてき)な図案だ。  絵の上部には手描き風の書体で「I LOVE ART」というアルファベットが並び、下部には「○○画材店」という店名が、それぞれ淡いパステルカラーで書きこまれていた。 「これって、下絵(したえ)ですよね? 被害者(ホトケさん)がシャッターに描くつもりだった絵の。せめて、被害者(ホトケさん)が殺されたのが、この絵を描いた後だったら、この商店街も千客万来(せんきゃくばんらい)だったのになぁ。惜しいねぇ」  と、鑑識員(かんしきいん)は、思わず不謹慎(ふきんしん)なツブヤキをもらした。
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