爪紅

4/8
前へ
/8ページ
次へ
「――手を出して」  乳鉢を傾けて花の汁を筆先に含ませ、躊躇(ためら)いがちに差し出された小さな桜貝のような爪に筆先を滑らせる。 (幼くても心は大人の女性と一緒だな)  艶のある紅色にうっとりと目を細める少女にほおが緩んだ。  塗り終わった爪を真夏の太陽に(かざ)すと水分が干上がっていく。 「あとはここにを巻くだけ。明日には綺麗に染まっているよ」  鳳仙花の欠片を小さな爪に載せて、指先を覆うように裂いたさらしを巻きつけた。蘇芳(すおう)の声に不安そうにしおれていた少女の顔が輝いた。 「本当?」 「本当だよ。私が嘘をついたことがあったかい?」  問いかけに素直に首を振る。人差し指だけと思っていたのに「もっと」とせがまれて困り顔で筆を取った。今度はゆっくりと丁寧に染めていく。  理由は簡単だ。余計なことを考える時間を作りたくなくて時間をかけているだけのこと。 (来るだろうと期待すれば、虚しくなるだけだ) 「染めるのは片手だけ。お手伝いができなくなっては困るからね」  少女の右手の小指にさらしを巻いてそう告げた。  やんわりと諭されて不満そうに頬を膨らませたが、それを潰すように指先でつついてやる。 「疲れた。お遊びは終わりだ」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加