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からりと背中で引き開けられた襖に振り返った。
少し前に玄関で物音がしていたが、敢えて無視をしていたのだ。
「――いたのか。蘇芳」
勝手知ったる顔で入ってきた男に心の内を知られたくなくて口をつぐむ。
子供のように歯を見せて笑う蒼がいつもよりまばゆく見えてあらぬ方向へ視線を逸らせた。
それから、叱られた子供のようにつぶやく。
「もう来るなと追い出したのだから……来ないと思っていた」
「まさか。お前は大事な取引相手だ。追い払われても何度でも会いに来る」
表向きの言い訳を口して、手にしていた封筒を畳に滑らせて腰を落とした。
さりげなく少女との間に割って入ると蒼が首を傾げた。
「それは……なんだ?」
「色水遊び。なんなら青を赤に染めてやろうか?」
意味が分からずに不思議そうな顔をする蒼に苦笑して、蘇芳は引き寄せた白い紙の上に筆先を滑らせた。
(さて……なにを描こうか)
滑らかに滑る筆先が描く赤いラインを二人の視線が追う。
水分の多い紅色が滲むが気にしない。
最後にほんの少し墨を引いて陰影を入れて――満足そうに筆を置いた。
「鳳仙花だな。ひょっとして爪紅か?」
「正解。子供の遊びだよ。知ってるかい? 鳳仙花で赤く染めた色が初雪まで色が残れば恋が叶うらしい」
「それは初耳だな」
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