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「塗ってやろうか?」
「せっかくだが俺には必要ない」
「まだ残っているのに……もったいない」
「だったらお前が染めればいい。そういう相手はいないのか?」
「追い返しても熱心に通って来る男がいてね。街で噂の綺麗な花にすら見に行けない。気分はまるで籠の中の鳥だよ」
「…………」
口ごもった蒼の代わりに軒からつるした風鈴が返事をする。
「せっかくだからどんな恋でも叶うのか……実験してみよう」
だんまりを決め込んだ蒼に視線を投げてから、濡れた筆先を滑らせる。
丁寧に人差し指を染めて――息を吐きかける。
その様子をのぞきこむように後ろから大きな影が重なるのに気づいて、蘇芳は意地悪く言葉を重ねる。
「古い書物に赤い色には魔除けの効果があると書いてあったのに」
「俺は魔物じゃない」
「そうだな、お前は獣だったな。……あれほど来るなと言ったのに」
辛辣な言葉とは対照的に口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「俺にはあれは『来い』と言っているように聞こえなかったぞ。うるさい周囲は無視するに限る」
「――――」
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