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「本当にお前は奇術師のようだ。その手から生み出される絵は女性を惹きつけて虜にしてしまう」
小さな少女に向けた不満の声がおかしくて、蘇芳は肩を揺らして筆を置いた。
「絵を評価してくれているのはありがたいが、女性の前で人聞きの悪いことを言わないでほしい。まるで節操がないみたいじゃないか」
意味が分からず目を丸くする少女に詫びる代わりに絵を差し出した。
笑顔で受け取ると宝物のように胸に抱き取って仔ウサギのように飛び上がりながら帰って行った。
「あんな落書きで喜ぶとは……子供は邪気がないな」
「お前の絵を狙ってたんだろう? 俺には邪気の塊にしか見えなかったぞ」
「大人げない焼きもちだな」
蘇芳の揶揄うような言葉に返事はない。
「いくら幼くても人の口に戸は立てかけられないぞ」
「いっそ変な噂が立てばいい、そうすれば心ゆくまで独り占め出来る」
ややあって大きな身体が冬の綿入れのように蘇芳を包み込んだ。
庭先で蝉が騒がしい季節なのに、この人肌がなぜか心地よい。
背中を預けて、埃と汗のにおいを吸い込んだ。
他の者では嫌なのに――どうして蒼だと嬉しいのだろう。
「だめだ。お天道様が見てる」
首筋に熱い息を感じて浴衣の襟をなぞる手を押しとどめる。
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