10人が本棚に入れています
本棚に追加
あの日あの時
───ねぇ、キスしてみる?
もし過去に戻れるとしたら、私は迷わずこの日、この時に戻る
そうして、「うん」と言う
あの時そうしてたら?
ずっと何年もそんな風に考えてしまう
ずっと好きだった
小学3年生から高校3年生の9年間
伊藤くんの事が好きだった
サッカー部でモテモテな彼をずっと目で追っていた
ずっと好きだけど好きすぎて話せなかった
好きすぎて顔が赤くなるから目も合わせられなくて
9年間で会話したのなんて数回
なのに神様は私を見捨てずに毎年同じクラスにしてくれた
だけど私は告白どころか好きアピールができなかった
高校2年の夏休み明けの始業式の日、
誰が付き合ってるとか、誰と誰がキスしてたとか
休み時間の教室ではその話題で持ちきりだった
その時彼の友達グループもその話をしていた
たまたまその時彼と隣の席だった私は本を真剣に読んでいた・・・いや、読むふりをしていた
彼と隣の席になってからは彼を好きすぎて話をするどころか目も合わせられない
もし声をかけられたらドキドキして心臓が爆発する気がした
だから声をかけられないように休み時間は本を読むことにした
好きすぎてドキドキする
私の心臓は少し距離を置いて見ているくらいまでしか、もたないから声なんてかけられたらパニックになるからと話しかけられないように振舞っていた
隣の席の伊藤君は席に座りながら同じサッカー部の2人に囲まれ3人で盛り上がっていた
「隣のクラスの田中と進学クラスの前田、夏休み中に付き合ったみたいだぜ」
「えっ、前田ってあの前田なつ美?」
「そうそう」
「なんだよー、やっぱ頭良い美人は田中みたいな男かよー。俺ら勝ち目ないじゃん」
「ばーか。住む世界が違うんだよ。でさ、あの2人、塾一緒らしいんだけどさ・・・・塾の帰り道、キスしてたらしいよ?!」
「はっ、キス?!」
「俺の友達が同じ塾なんだけど、帰り道偶然見ちゃったみたい」「まじかー〜!やることやってんなーー!いいなー!俺もキスしてーー」
「伊藤は?」
「はっ?俺?」
「夏休み中、彼女できた?」
「出来るわけねーだろ!お前らとずっと一緒にいたじゃねーか。部活漬けだったわ。」
「キスは?」
「誰とすんだよ、相手もいないのに」
「お前モテんだから誰とでもできんだろ!」
「できねーよ!てか、俺だって選ぶわ」
「あー俺も伊藤みたいにモテたらキスしまくるのに」
「お前らくだらねぇこと言ってないで席つけよ。そろそろ先生くるぞ」「やべ、授業始まる!」
それまで伊藤君の周りにいた2人は慌てて自分の席に戻った
ガガッ
「あっ」
「あ、わりぃ!」
戻るその時、隣の私の机に足が当たり私の机に置いてあった消しゴムが、
私と伊藤君の席の間に落ちた
2人の間に落ちた消しゴムを慌てて拾おうと右手を伸ばしたけど微妙に伊藤君側に転がってしまっていた
床に手を伸ばしなんとか取ろうとした、その時だった
「あ、、」
隣の席の伊藤君が左手を私と同じく床に伸ばした
2人は机の間で顔が近づいた
至近距離にある大好きな彼の目が
私だけを捉えている
私は突然の事で驚き目を見開いた
狭い机の間で見つめあったまま固まっていると
「近いな・・・・・・ねぇ、キスしてみる?」
そうわたしの顔の前で呟きニヤっとした
「はっ?、はっ?」
恋愛経験が無かった私は
そんな彼の一言にパニックになり
慌てて上体を起こして彼から離れた
「そんな嫌がらなくても。。。冗談だよ笑。
はい、これ」
私より少し遅れて上体を起こした伊藤君の手には、私の消しゴムが握られていた
それから私は顔が真っ赤なのを見られたくなくて顔を逸らして無言で頭だけ提げて消しゴムを受け取った
後から慌てて周りを見たけど、周りはザワザワしていて二人の会話は聞こえていないようだった
あれからますます恥ずかしくなり伊藤君の方が見られなくなった
そうこうしているうちに高校を卒業し、私は伊藤君と違う道を選び、それ以来私はずっと伊藤君と会っていない
そしてあれから15年
私も色々な恋愛経験を経てすっかりあの時の初々しさはなくなり、男性とも普通に会話出来る大人の女になった。
きっと今の私が、あの時にタイムスリップしたのなら、「うん」と返事して、あのまま顔を近づけてキスをしたかもしれない
そうしていたのなら今の私は何か変わっていただろうか
なんとなくそんなことを考えていた頃、クラス会のお誘いが来た
「伊藤君?」
「?あっ、え?夏川??」
「うん。久しぶり。覚えててくれたんだ」
「覚えてるよもちろん。・・・でも、昔と変わっててびっくりで・・・いや、見た目は変わってない。っていうか昔より明るくて更に綺麗にはなってるけど・・・・でも、夏川が声掛けてくれると思ってなくて、正直驚いた」
「?どうして?」
「だって、夏川、高校の時俺の事嫌いだったろ?」
「え?」
「だって避けてたろ?」
「それは・・・・」
「俺、高校ん時さ、夏川のこと好きだったんだ。同じクラスになる度嬉しくて同じ席になれた時凄くはしゃいでた。」
「えっ?!そうなの?!」
「でも、夏川は全然こっち見ないし素っ気ないし、いつも本読んでて話しかけずらくて。ああ、俺嫌われてるんだって思ってたから・・・・だから今日、夏川から声掛けてくれて、嫌われてなかったんだなってホッとした」
「嫌ってなんかいないよ。むしろ、私もずっと伊藤君が好きだったから」
「えっ?嘘?!本当に?」
「うん。恥ずかしくて話せなかったの」
「そうなのかーーー。いや、あの時嫌われたのかとてっきり」
「あの時?」
「覚えてる?俺が隣の席の時、こっそりキスしない?って言った時のこと」
「もちろん・・・・」
「あれから更に避けられたから、あれで完全に嫌われちゃったのかと思ってたんだ」
「・・・・あの時は大好きすぎてドキドキしてどうしたら分からなかったの。もしあの時、私がそのキスに応えていたら未来は変わっていたのかも」
「そうだね。変わってたかも」
『あっ、いたいたー、夏川さーん!伊藤くんと一緒だったんだね!あっ、夏川さんじゃなくて今は竹之内さんだっけ』
「夏川でいいよ」
『伊藤!きてたんだな!サッカー部のみんなきてるぞ!伊藤、可愛い奥さんと可愛い子供3人もいるんだって?小山内から聞いたぞー』
「まあなー。今行くから先そっち行ってて」
お互いの左手の薬指には違う結婚指輪がはめられていた
「話せてよかった」
「うん、私も」
「じゃああっち行くわ」
「また後で」
プルルル プルルル
「あ、ママ。うん。いい子にしてる?ママもう少しかかるから。パパの言うこと聞いてるのよ」
電話を切りバッグに仕舞ってからゆっくり目を閉じた
「ねぇ、キスしてみる?」
そう言って目の前でニヤッと笑った伊藤くんの顔が浮かんで消えた
もし今の私があの時に戻れたら
「うん」と言えるけれど、
きっとあの日に戻っても私は言わないだろう
私はゆっくり女友達の方へと歩き出した
最初のコメントを投稿しよう!