第一章 知らずに逢うのが早すぎて

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「うん。崎本(さきもと)さんはいい人だし、真紘のことも大切にしてくれるって言うから。いつまでもお母さんに迷惑かけるわけにもいかないしね」  妊娠がわかりシングルマザーで育てる決意をした私を、看護師をしている母は責めたり反対もせず受け入れてくれた。こうして真紘が生まれた後も一緒に暮らしてそばで支えてくれている。 「私はいいのよ。可愛い娘と孫の面倒なんていくらでも見るわ。でも愛理の気持ちは? ちゃんと崎本さんを愛せるの?」  私と母の声のトーンにはずいぶんと差がある。けれど私はあえて明るく続けていく。 「やだなー。お母さんもお父さんと愛だけで結婚して失敗したってよく言っていたじゃない」  冗談のつもりで言ったのに、強張った母の顔を見てすぐに後悔する。違う、責めるつもりはない。  母は私が小学生の頃に父と別居しそのまま離婚した。とはいえそんな自分の境遇を不幸と思ったことはない。母に苦労をかけたのは間違いないが。 「お母さん、私は大丈夫だから。真紘のこと、お願いします」  改めて母と向き合いしっかりと頭を下げる。真紘を預けたら母はしっかりと抱っこしてくれた。下手に別れを告げると、真紘に泣かれる可能性もあるのでさりげなく家を出る。  今日は快晴で、外はぽかぽかとした春の陽気が気持ちいい。日曜日の午後は絶好のお出かけ日和だ。恋人や家族連れと行き違い、気を引き締めてひとり目的地へ向かう。  場所は株式会社KMシステムズ。父が代表取締をしているシステム開発会社で、数年前に開発した暗号資産取引における金融システムが評判を呼び、瞬く間に会社の名を一躍有名にさせた。
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