9.三度目の正直はあるのか

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9.三度目の正直はあるのか

40週1D  そういうわけでLDRに移動して、昨日ついに限界を迎えて抜いてしまった点滴の針を刺すところからやり直し。案の定、助産師さんをてこずらす。  あ~やっぱ多少血が漏れてても我慢してた方がよかったんかなー? 時間がもったいないよね……などと思いつつしっかり刺さるのを待つ。  なんとか点滴が刺さった後は先週と同じ。またいちばん遅い滴下からやり直し。う~ん、先週より効いている……かなあ? 気のせいか。今日こそ産まれるんだろうか、それともまた……ていうか促進剤って何日まで有効なんだろ。これ、あと何回やったって状況変わんないんじゃね?  などとうだうだ考える。基本的に処置中は考えることくらいしかできない(点滴とモニターで身動きが取れないのです!)。  やっぱりお腹は痛くはなるものの……かと言ってギャーギャー言うほどの痛みではないなあ。  お昼前になって医師が様子を見にやってきた。そして私の様子を確認するとわりと軽い感じで「それじゃ破水するからねー」と言ってぷちんと卵膜を破ってしまった。  あ、なんかあったかいな。てか卵膜ってそんな簡単に破れるもんなんか  と思って大人しくしていたら助産師さんが「今破水したよー? 分かるー?」と言うので「破水したら、赤ちゃんはすぐにも息できなくなっちゃうんですか?」と訊いたら「いい質問だね~。実は破水しても、出ていくのは赤ちゃんの頭より下にあった羊水だけなんだ。赤ちゃんの頭が蓋になってるからすぐに呼吸ができなくなることはないんだよ」とのこと。  なるほど、勉強になるわぁ……  と思うだけの余裕があった。この時は、まだ。しかしほどなく今までで一番の陣痛が襲い掛かった。  うおお、いてえええええええええええええええええええええええ!!  なんだこれ。身体が熱い! お腹が痛い! なんかもう、痛い以外に語彙を喪失した! ひいいい、痛い痛い痛いいいいいいいい!  だが、私は耐えた。赤ちゃんを産むため……じゃなくてそこに運ばれてきた昼飯を食うために! 正直食ってる場合じゃないくらい痛いんだけど、後から「なんかくれ」と言っても絶対なんも出てこないと知っているんだ私は。  こんだけ痛いんなら、もしかしてこの後マジで産むかもしれない。  その時にお腹が減って力が出ないとか最悪の極み! ここはなんとしても食う! あと、食費は実費で払ってるし残しても同じ料金だからもったいねえ。食事制限で毎日きっちり2000キロカロリーしか食わせてもらえてないし!(間食禁止)  味がどうのメニューがこうのと言っている場合ではない。私は割り箸を握りしめ、いいからとりあえず食った。途中何度か激痛に箸が止まるが、とにかく気合と根性を振り絞って完食する。自分でもよくやったと思ったよ、そして絶対吐くもんかと心に誓った。いや、なんか陣痛ひどくて吐く人って結構いるみたいで。この部屋にも吐き箱みたいの何個か見えとるんよ……  私は!! 決して!! 吐かない!!!  つわりもあったけど結局一度も吐かなかったし。一度食ったものは吐いたら損だと思ってる。とかなんとか考えながら分娩台の上でのたうつ私。この上から落ちなければ体勢は変えてもいいと言われている。とにかく痛くて身をよじってしまうので、私は分娩台の上でなんとか四つん這いに……  うん、ダメだね、どの体勢も痛えんだわこれ。あと普通にバランス的にあぶねえ  四つん這いで元に戻るに戻れずピクピクしていたら助産師さんが戻って来た。「だいぶ進んでそうですね!」見た目で決まるのね、そこは……まあ確かに先週よりはるかに痛い感じはあるけど、かといって天岩戸が開いているかは分からんよ? 分からんからね……? 私の岩戸、半開きキープしたりするからね? と思うがもうこんな長文喋れない。 「イタタタタタタタ」  近くに人がいると思うとつい、痛いとか口に出してしまう。いや、一人でも言うレベルだけどな。 「痛い時は、ふーですよ。ふー、ふー、ふーーーー、ね」 「っつッ、ふ、ふ、フーーーーーーーー!!」  いや、痛いっすわ。フーとかヒーとかね。意味ないとは言いませんがね。痛みの度合いも気分もまるで変わんねえんだわ。ただひたすら、痛ぇんだわ。だが確かここで泣いても喚いても力んでもいいことはないと聞いている。とにかく落ち着いて力を抜くのだ。リラーックス、リラ~ックス……ってできるかボケェ##  おそらく13時過ぎくらい。「いよいよ、きびしい」と私は思った。もうね、誰でもいいから誰か人にいてほしいと思った。私は普段そんなこと滅多に思わないタイプなんだが、あまりの痛さに助産師さんに必死で訴えた。 「痛いよぅ、痛い~」 「よかったね、陣痛きたねえ。はい、ふーですよ、ふー」 「痛いぃい~ふっ、ふ…ふーーーああああぁ゛……ボワィエェ……」 「ふー、ふー、ふううーーーだよー」 「痛いよぉ……ふっ、ふ…ふううう、ああああぁ゛……ボワィエェ……」  うん、分かる。何その最後の「ボワィエェ……」って言うんでしょ? 私もマジでそう思った。これいわゆる「いきみ逃し」に入ってるらしいんだけど、息吐いて「ふー」ってすると急に吐き気がこみ上げて(やっぱりな!)、吐くのだけは絶対御免だと思って耐えるから「ボワィエェ……」てなったんだよ! その声がまた「痛いよお(弱弱しい普通の声)、ふっふ…ふーーああああぁ゛(地を這うような地声)……ボワィエェ……(なぜか急に小野D)」って感じで私は  おそ松さんの十四松を思い出していた。  あれ正確にはなんて言ってるのか知らんけど、たまに十四松「ボワィエ」だか「ブボイエ」だかなんか変な声出すじゃん? え、出してなかったっけ。とにかくなんかまあ、なぜか私の声帯から急に小野Dみたいな声が出て、  つうかよく皆笑わねえもんだな  とか思った。助産師さんは真面目な顔で何やらそそくさ準備したり、私の腰とお尻を軽く圧迫してくれた。正直、それで何かよくなるわけではないけど、人が手を当ててくれているということが嬉しい。だが私の口から出るのは礼ではなく、なぜか小野Dなんだけどな。ちなみに私は普段から小野Dの物まねとかしている人ではない。  この時の「ボワィエ」が隣の部屋の人に聞こえていたら、彼女は思っただろう。「あいつなんで、出産時に小野Dのモノマネかましてんの? だいぶ余裕やんけ」と。少なくともエクソシストばりの「キャー」は私の口からは出なかった。出なかったのだ……  
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