10.そして天岩戸は開いた

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10.そして天岩戸は開いた

40週1D  ここはLDR。昼ごはん食べてからずっと陣痛に苦しんでいた私だが、15時少し前から段々人が集まってきた。助産師さんがさっきからキャップ被ってうろうろしているが、何人いるのか数えている余裕はもうない。 「い、いたいいい……痛いよぉ、痛いぃ……」 「痛いのはふーだよ。痛くないと赤ちゃん産まれないのよー」 「ふっ、ふううううう……ああああぁ゛……ボワィエェ……」  やっぱり小野Dまだおるな? 小野Dがどこから来るのかよく分からんのだが、いきみ逃しの呼吸は初産のわりにうまかったらしい。実際、妙なところに力を入れたりはしていないので筋肉痛は回避している。ケツにテニスボールも当てられなかった。というか、ケツにテニスボールが効くとは思えない感じだった。だって痛いの完全に体の中だぞ? ケツは関係ないんだ。  たぶんこのあたりで助産師さんにペットボトルにストロー装着してくれとかカイロを腰に貼ってくれとか頼んでる。どっちも持ってきていたんだけど、先週のこともあるしまた産まれないかもと思ってアイテムは温存していたのだ。で、当然だけど私はもうこの頃にはマスクは外していた。マスクしていきみ逃しの呼吸なんかできるか~!!(怒)  ちなみに呼吸法がそれなりにうまかったのは、若い頃に「脱力」と「腹式呼吸」と「瞑想」を習得したからだろうと思われる。人生、どこで何のスキルが役立つとも分からんので、チャンスがあれば貪欲になんでも習っておくべきだ。まあ「逆上がり」なんかは取得したっきり人生で特に使いどころがなかったスキルだが…… 「そろそろどれくらい開いたか見てもいいかなー?」 と助産師さんに言われて私はこう答えたのを覚えている。 「いいけど、全然開いてなかったらどうしよう?」 「いやいや、これは開いてるよ!! 大丈夫、あ、ほら9センチ!! あとちょっとで全開だよ~」  急に医師がテンション高めに割り込んできた。 「おっ、いいねえ! あんなに効かなかったのに、破水したらもう9センチかあ。やっぱ破水は効果てきめんだ!」 「ですねえ」と助産師。  うん、わかった。分かったけどマジで痛い。あと1センチはよ開けやもう……なんかだんだんどうでもよくなってきた。 「15時9分、全開しました!」  と誰かが言った。気づいたら医師が二人に増えていた。慌ただしく分娩準備が進み、椅子が変形して分娩仕様になった。ああこれ、今から産まれるんだ。 「準備できたからね、次陣痛来たら、もういきんでいいからね」  と言われて私は一瞬迷った。いや待ていきむってどうやるんだ? わからんぞ、おい? というわけで一回目の陣痛はうっかり「ふーーー」で逃してしまった。 「もういきんでいいのよ~。うんこ出す感じで」  と言われても……そこ肛門じゃないじゃん? なんかでも搾り出す感じでいい? とりま、やってみっか。そーれ! イタタタタタタ……ふんっぬ! 「ああそうそう、その方向その方向……」  あ、すいません。もう無理でーす。とすぐ力を抜く私。今までのいきみ逃しでだいぶ消耗してるし、そんなに持続していきめませーん。陣痛の合間に勝手に休む私。 「あ、あと身をよじるのは禁止だから。あんまり動かないでいきんでね。のけぞらないで、おへそ見る感じね?」  ああもう、注文多いなあ! ちっ。そしてまた陣痛が……そおれ、ふんっっっぬ!! 「そうそう、いいよいいよ……って。休んじゃった。もう一回頑張って、ほら!」  じゃあ……ふんっっっぬ!(ゼェハァ)  「いきみ逃しは痛くてつらいけど、数回いきんだら産まれました~」とか言ってる人いっぱいいたけど……そんなことなくね? てかそんな踏ん張り続けるとか無理だし。私、頭脳派(?)だから力は全然ないんよ。30分近くこんなことを繰り返しているうちに助産師が言った。 「頭は見えてるんだけど……先生、これ……」 「ああ、これね……逆だわ、逆」  なんかごにょごにょ言っているがどうも回旋異常が起きてるっぽい。赤ちゃんが出て来る時に回転の方向間違ってるみたい。医師がなんかごそごそやって、数分後 「なおった!」  と言った。「よかったね~、赤ちゃんの方向、先生が直してくれたよ~。すばらしい! あとは頑張っていきんでね」と助産師たち。この医師、喋りは愉快な感じだけど腕は立つらしい。  しかしここへ来て、今度は私の陣痛が弱まっている。促進剤の滴下速度はマックスになっているのだが「ボワィエェ……」ってほど痛みが来ない。 「もうダメです……」と私。 「ダメじゃないよ~あとちょっとなんだよ~」  だがほんとにもうダメだった。血圧計を見た助産師が言う。 「血圧160突破してます!」 「あんまりのんびりしていられないな。よし、もう吸引しよう。カップ用意して! 俺は上からお腹を押す!」  そう言ってお腹を触り始めた医師が嬉しそうに声を張り上げた。 「あっ、これ結構大きいよ! それで出ないんだな。大きい、大きい!」  どうも入院している間にまた中の人が肥えたようである。母体の方は減塩効果でむくみが取れてむしろ体重減ってるんだけど…… 「次、いきむとき教えてね。俺、上から押すから」  と言われてとりあえず肯くけど、どういって教えればいいのかようわからん。「あ、今からいきみますね!」とか言う余裕なんかないぞ……。  結局「あ、あー……ふんっっっぬ!」しか言えなくて医師が慌てて上からぎゅーぎゅーお腹を圧迫し始めた。陣痛が痛いので、これくらいじゃなんも感じない。下の方で「切りますよ」だかなんだか言ってる。ああ、もういいですなんでも。とにかく、この子出してあげて(涙)  吸引の方やってた若い医師はお腹押してる先生と違って寡黙な感じだったんだが、この人が結構必死に「休まないでもう一回いきんで!」かなんか叫んだ。今度はモニターがピーピー言って、助産師さんが「先生、赤ちゃんが!」かなんか言って、そして目の前に酸素マスクが下りてきた。  あ、なんかこれヤバそうじゃね? 赤ちゃんバイタル落ちてんじゃね?  不安がよぎるが助産師さんにささっと酸素マスクつけられて「赤ちゃん苦しいから深呼吸してねー」とか言われた。私、酸素マスクってなんかもっとおいしいもんだと思ってたんだわ。酸素が多いんだったらさぞや「ええ空気」なんだろうなって。ところが、どっこい。ほんとに酸素入ってます? ってくらい息苦しい。なんかこの空気マズーい!! けどまあ、酸素入ってんだろうし今はこれを吸うしかない。  酸素吸いつつ。陣痛に耐えつつ。腹押されつつ。うめきつつ、いきんだ。 「よし出たっ!」とたぶんお腹押してた医師が言って、吸引係の医師がずるっと赤ちゃん取り出して、で、なんか私はよくわかんなくて「ふんっぬ」と力を入れていて、お腹押してた先生が「もういいよ、赤ちゃん産まれたよ~」と言ってくれた。  はあ、そうですか…… 「オンギャー、オンギャー、オンギャー!!」  あ、泣いてる。てことは息はしてるのね。 「大きいな! あっ、おしっこしちゃった。体重減っちゃうよ~」お腹押してた医師がウキウキと赤ちゃんを取り上げて助産師へ渡す。皆いそいそと体重計ったりなんだり始めた。 「16時16分、3250g!!」  ほらみろ。やっぱりエコー時の予測より増えてんじゃねーの。危機を脱して、赤ちゃんは無事産まれた。 「おめでとうございます~、産まれましたよ~」  と言われて私はまずこう言った。 「男の子ですか?」  お腹押してた医師が「うん、確かついてたよ。男の子だよね?」と言い、助産師たちが「男の子、男の子」と言っている。 「ありがとうございます」と私は言った。そしてまだお腹押してる医師に言った。 「結婚十年で、はじめてできた子だったんです。ありがとうございます……」 「そうなんだ、よかったね~。今、胎盤も出しちゃうからね」  胎盤は特に痛みもなくひとりで出て行って、医師は「さあて帰ろっか!」とばかりにそわそわしていた。出産時刻が16時16分。そろそろ定時なんだろう。  
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