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5.促進剤、二日目
39週5D
とうとう、予定日まであと二日。それなのに天岩戸は……「うーん、まあ5センチってとこかな」と医師。今日の助産師さんはベテランの風格のよく喋るおばちゃまだ。
「もう半分開いてるわよ～！ あと半分じゃない、がんばって」
いや間違ってないとは思いますけど……頑張れば開くようなもんなんですか、天岩戸って？ あと前半の5センチと後半の5センチで痛みの度合いって違うんじゃないんですかね？ うううう……
昨日より早く、朝の9時から点滴開始。また振出しに戻って一番遅い滴下速度からやり直すらしい。昨日と同じ促進剤(オキシトシン系らしい)だが今日はどうなんだろう。耐性ついちゃって全然効かないなんてこと、ないだろうな？
「普通は二日目の方がよく効くのよ～」とベテラン助産師。うん、じゃあまあそんな気になっておくわ。気分で天岩戸が開くかは知らんけども。
やっぱりこの日も効いてきたのはお昼頃で、お腹の痛みより先に腰がどうにもこうにも痛い。
「赤ちゃん下りてきた感じ？」とベテラン助産師に訊かれるが、そんなの分かるわけなくね？ ただの腰痛っぽい感じですよ……つうか痛ぇ～地味にずっと痛い～
「うーん。なんかそんな感じじゃないわね。湯たんぽもってきてあげる」おお、かたじけない……けどやっぱり「そんな感じじゃない」んですね。そうですか、じゃあこの痛みはなんなんですかね？ これに耐えれば産まれるという確信が全然ないんですが……!!
そんな私の心の叫びをかき消すように、隣の部屋から「キャーーーーー!!」と悲鳴！ って。……悲鳴？ エクソシストかな？ ってくらい叫んではりますけど……あれがリアル陣痛なんですか？ どうやら私にはまだ陣痛は来ていないようだ。
その後何度か「キャー」「キャー」「キャアアアアアア!!」と甲高い雄たけびが聞こえ、そしてほどなく「ほぎゃ～ほぎゃほぎゃほぎゃ～」と聞こえた。
あ、産まれたんだお隣さん。いやしかし、痛いにしてもなぜ悲鳴なんだろう？ 悲鳴ってたぶん喉も締まるし呼吸によくないし……それにあの勢いで叫んだら声帯潰すよ？ 出産で声帯潰したという話は聞いたことがないから、ずっと叫んでるとかでなければたいした問題はないんだろうか。それにしても、キャーか……。私もキャーとか言うのかな？ というかそれほど痛くなるんですかね、ほんとに？
あの人が大袈裟なんじゃね？ という疑問ではなく、私の陣痛がそんなに強くならないんじゃないかという疑問が持ち上がる。ベテラン助産師さんが戻って来て調子はどうだと訊くので「痛いけど、叫ぶほどじゃありません」と答えたら苦笑いして点滴速度を上げてった。
「あの人は経産婦さんだったから早かったわ～。昨日の夜陣痛で来て、さっき産まれたのよ。最初からずっと叫んでるわけじゃないからね。産むときだけ。産むときだけだから」
とのことだが、夜に入って昼に産まれるので「早い」というのがまた壮絶だよ。促進剤と違って陣痛は一度始まったら「ちょっとたんま」とかできないし、下手したら一日二日ずっと陣痛祭りってことでしょ。そう考えると、促進剤で定時になったらオシマイというのもそんなに悪い話じゃないのかも。
などと考えていたら昼飯が来たので、痛いけど食う。キンメダイの煮付にリンゴ。病院でこんな高級魚が出るとは……！ というわけで完食。この間に医師が様子見に来たらしいけど「飯食ってるならいいや」と帰っていったそうな。その話を聞いた時
ああこれ、今日も産まれないなあ
と確信した。午後もじわりじわりと痛みが続き、下半身が熱くなって全身汗だくで、痛すぎてもうトイレに行く気にもならない。だるい。痛い。っていうか、なんかよく分かんなくなってきたけど痛いのだけ確か。何がどう痛いとかはもう分からん。考えたくもない！
夕方また医師がやってきて、天岩戸はやはり5センチとのことで……今日はここでおしまい。そんなことだろうとは思っていたけど、それにしても私の岩戸。何もしてない時にはうっかり開いて、痛みに耐え続けても少しも開かんとはどういう了見なのか。
なんかもう、このまま産まれないのかもしれない。
だったらうちに帰って一生妊娠していようかなあ。だってもう、陣痛来ねぇよこれ!! 赤ちゃんと一生一緒に暮らすからいいよ!!
完全にやさぐれた気持ちでこの日は眠りについた。点滴終わったらわりとすぐ、痛みはどこかへ消えてしまった。
陣痛や～い、私の陣痛や～い！ どこで迷子になったかしらんが、はよう来てくれ頼むから！ 天岩戸は5センチ開いたままキープ。ほんとにうちの子、産まれる気ないんじゃね？
この日の絶望は深かった。よその赤ちゃんの泣き声を遠く近くに聴きながら、私は充分ふくらんだお腹を撫でさすり続けたのだった……
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