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今まで見たことがないほど真剣な表情だった。
「子どもはもちろん大切だ。でも、俺はきみがいないと、もう息すらできないんだ」
「……え?」
「結菜、命を引き換えにするなんて言わないでくれ。頼む……」
言葉の語尾がかすれて、彼はつばを飲み込んだ。気持ちを落ち着かせるように一度深く呼吸をする。
「今さらこんな告白をしてすまない。きみが俺を男として見ていないのはわかっている」
「男として見ていない? そんなことはないけど、なんでそんな」
「あの日、軽井沢で『しばらく恋はしたくない』と言っていたし、上野駅で別れたときももう俺と会う気はなかっただろう?」
「それは、そうですけど……」
あのときは単なる一夜のあやまちだと思っていたし、わたしが伊織さんとお付き合いを続けるなんて現実的じゃないと考えていた。
だって、相手は日本有数の大財閥のトップだ。いい年の平凡なOLが一度抱かれたくらいでいい気になって、彼女づらするなんてできるわけがない。新しい恋に期待したって、自分が傷つくだけた。
そう、恋人に裏切られたばかりだったわたしは、傷つくのが怖かった。
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