刑事②

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刑事②

「お前が刑事になろうとしたのは「太陽にほえろ!」観たからだよな」 「そう。「太陽にほえろ!」。チャラチャー、チャチャラー♪」 「まあ、気楽なもんだな」 刑事の俺は、そういうとちょっと遠くを見る目をする。 「チャラチャー、チャチャラー♪か。あのさ。走るんだよな、音楽に合わせて。マカロニ刑事、ジーパン刑事、テキサス刑事。代々の若手刑事が、全力で街を走らされる。それを車の上のカメラが追いかけてる」 「そうそう。かっこよかった。子供だからね。それで、刑事になりたいって思った」 「でもな。あんな風に走ったことは、ないからな。俺。この仕事について」 「そっか」 「うちの千尋に刑事なんてできるわけがない、って言われたよな、たしか、おばあちゃんだ」 「ああ。うん」 「でも、俺は、なった。刑事。ざまみろ」 「そんな言い方。でも、どうやって?」 喧嘩なんかしたこともない、そんな男くさい仕事なんて考えられないと後に考えるようになった俺が、どうやって刑事になったのだろう。それは、切に聞きたいことだ。 「まずはな。喧嘩に強くならないとって思ったんだ。チンピラに舐められたらいけない。こう、ほら、ビルの裏とかで、相手の胸倉掴んで、おら、とかできないと、な。それで、近所の空手教室に通わせてもらった」 「水泳通ってたよな」 「そこだよ。俺とお前の三叉路は。俺は、やめたんだ、水泳。お前は通い続けた。大して上達しねえのに」 「そんな言い方」 「口が悪いのは許してくれ。俺に免じて」 「まあ。不思議と怒りはわかないけど。ホントのことだし」 「はは。でもな。つらくてな。厳しいし、いてえし、怒鳴られるし、上達しねえし、負けてばっかだし」 「ああ」 「でもさ。やめさせてくんねえんだよ、おふくろ、今度ばかりは」 「あ。水泳やめて入ったんだもんね」 「ああ。で。そのまま、2年、3年、4年と続けていった」 「おお」 「それでも、道場で強くなったって自覚はなかったけどな。ほら、周りも同じように強くなるから。でも、ある日な、小6だ。教室で喧嘩になったんだよ、クラスで一番でかい奴と。狂暴なやつ。先生も注意できない」 「おお」 「で。勝った。なんてことねえ。技を持ってる方が強いんだ。経験値もある」 「やった」 「でも。道場に知れて、すげえ怒られたけどな。でも、こういうときのために今まで稽古したんじゃねえのかって」 やるな。刑事の俺。 「それで。本気で、俺、その時、刑事になろうって思った。それで、中学では柔道部。空手通いながらな」 「そっか。俺なのに、すげえな。お前」 「まあな」 「部署は?今」 「マル暴。組織犯罪対策部」 「ええ!?」 「なんかな。妙なところに性格が向いててな」 「俺なのに」 「お前なのにだよ」 お前が刑事なら、聞いてみたいことがある。 「何?」 「さっきの独り言の件だけど」 「あ。あれか。迷子の女の子を大人が助けず、子供が助けた」 「それ」 「俺、知ってるぜ。読んだ。元警察官の弁護士だとかが、コメントしてたな。助けた男の子に恥ずかしいと思わねえのか、大人たちってな。リスクを気にしてる場合じゃねえ。助けることのリスクなんかねえってな、大丈夫だって」 「それそれ。俺も読んだやつ」 「リスクがないことなんかないぜ」 「うん」 「どんなことにも」 「あ」 「リスクを冒せるかどうか考えるよな、何をするにもってことだ」 「うん」 「今回の件、確かに、このコメント出した元警察官の弁護士には、リスクは少ない。こいつ、不審者対策だかの専門家だよな。間違いなく、助けてると思うぜ、こいつなら、女の子のこと。何故なら、こいつ、疑われない。子供がいなくなって我を失った母親が血相変えて近づいてきても、名刺出して「こういうものです」で、向こうは一発納得だよ。法律の関係者とかな、医者とか、教員とか、地区のなんとか委員とか、そういう肩書は強い」 「うん」 「俺は別だがな」 「ん?」 「俺のこの人相で女の子に近寄ってみろ」 「うん」 「警察官の肩書なんて、消し飛んじまう。そんぐらい、俺の顔は怖いらしい」 「そっか」 「お前はどうだ?肩書」 「小包の配達員だけど」 「強いと思うか?そういう場合の肩書として」 「ダメだね」 「だろ」 「ああ」 「マリー・アントワネット、知ってる?」 「うん」 「俺たちにもパンを食べさせろ、と訴えた民衆を見て、言った」 「知ってる。パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」 「そう。立場が違えば、見えてる景色は全く変わってくる。今回の件は、それに近いものを感じたね。元警察官の弁護士の目では、こんな問題にリスクがあるなんてとても思えない。そういう見地から意見を言ってる」 「ああ。そう思う」 「でもな、俺たちは違う。免罪符がねえ。パンがなければお菓子だと?俺たちはもっとすれすれのところを生きてるんだってな。無責任なことを言うんじゃねえよな。元警察官の弁護士で、不審者対策の専門家だから、それ、言えるんだって。俺たちは、よした方がいい。助けない方がいい。通り過ぎて、大分遠くまで歩いていってから、そしらぬ振りで110番する。これが、最良の策」 「やっぱ」 「うん。俺たちは、凶相だ」 「だよな。凶相」 「なにもしてなくても、町を歩いているだけで何かを疑われる」 「うん」
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