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刑事③
お湯に浸かりすぎたか、ちょっとのぼせてきたな。
でも、刑事の俺は、構わず話し続けた。
「あのな。シュミレーションしてみるな。お前が、道で泣いている女児を助けているところ」
「うん」
「お前はな、女の子を見て、あれ、と気づく。迷子?助ける?助けない?迷う。でも、黙っておけなくて結局近づく」
「うん」
「「どうしたの?」まあ、そう女の子に聞くな、お前は。その次の女の子の反応だ、問題は。女の子は、お前を見る。そして、一瞬おびえる。どんなに笑顔を作っても、お前は凶相だよ。無理な作り笑いは、さらに不気味だ。逆効果。その後、彼女が危険を感じるか、助かったと思うかは、大体割合にしてイーブン。今回は、最悪の事態をシュミ―レーションするぜ」
気分悪くなってきた。
明らかに長湯だ。でも、それだけが理由じゃない。
「女の子にとっては、迷子で大ピンチになっている所に、追い打ちをかけて、自分に対して何をしようとしているかわからないおっかない男が近づいてきた。さらわれるかもしれない。悲鳴を上げる場合もあるだろうが「な、なんでもないです」そんな風に彼女は答える。そこにだよ。その子の母親が、凄い形相で走って近づいてくる」
やべえ。吐きそう。
「悪い。吐く。ちょっと、上がる」
「お。おう」
俺は、タイルに座っている刑事の俺を押しのけて湯舟から上がった。
頭がちかちかする。世界が回る。そして、嘔吐した。
「大丈夫かよ。そうだ。お前は長湯には弱いんだった」
「ああ。悪いな」
「ん?ゲロには慣れてるぜ。取り調べで吐く奴も結構いる。吐きながら吐く。なんてね」
「お前さ」
「ははは。心がな、鉄板みたいになるんだよ。こういう仕事してると」
刑事の俺は、俺の吐瀉物をシャワーで流してくれた。
俺は、流しにぺたりと座り込んだ。
「どう?気分は」
「大丈夫。続けていいよ」
「おお。でな。母親、まず、女の子を抱きしめるな。「大丈夫?なんともない?」で、お前の方を向く。この時点で母親、感謝すべきか通報すべきか、態度を決めてない。で、お前の顔を見る」
「うん」
「で。目の前に凶相だ。母親の態度は決まった。「あなた、この子に何しようとしたんですか!」お前は、助けようとしただけだよな。そこに追い打ちをかけるように女の子だ。「このおじさんね。私をどこかつれていこうとした」」
俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
「母親は叫ぶよな。「誰か!誰か!」女の子が一人で泣いてた時には寄っても来なかったくせに、そうなると何人もの人間が正義面して集まってくる。カスどもだ。リスクがな、軽くなったんだよ。ちょっとした英雄にもなれる。家に帰って、自慢できる。奴らは、完全な安全圏で正義を演じる。胸糞わりい。誰かが、お前の腕を確保している。別の奴は、110番。その他にも沢山野次馬がいて、遠くからスマホでお前を撮ってる」
相槌を入れる元気もない。
「警察には、まあ、連行される。でも、警察は馬鹿じゃない。子供は迷子だったんだし、母親は逆上していた。お前は帰宅途中。ちゃんとわかってる。話を聞かれて無罪放免。でもな」
ああ。
「だれかが撮ってたお前の動画は、何らかの媒体で拡散されるんだよな」
「うん」
「近所の人、職場の人間、知り合いが見る。あいつだあいつ、あいつだと思う。そういや、やりそうだった。やりそうな顔してた。あれは、そういう種類の人間の顔だ。そう言われる。その内、名前、職場、家族、全部、ネットで流れる。その後は」
「もう。いいよ」
「あのな」
「もう、いいって。わかってんだから」
「あのな。いや」
「黙って」
「これは、俺のことでもあるんだぜ」
「わかってるけど」
「ひでえ世の中だよ」
そんなの、わかってる。
ひでえ世の中だ。
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