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役者③
「どんな演劇やってるの?」
役者の俺は、すごいスピードでコーヒーを飲み干し、2杯目をすすっている。
「あ。うん。コメディが多い。て言っても、ちょっと不気味なやつね。社会を風刺した」
「ふうん。役は?どんな?」
「この顔だからね、重宝されてるよ。やばい奴の役が多い。犯罪者、ヤク中、アル中、宗教の狂信者。異常性愛者。あ。不審者も」
「やっぱ」
「えぐった?傷」
「大丈夫。こないだ、刑事の俺が来たんだ」
「うん」
「普通に社会でやっていくにはつらいけど、仕事には重宝してるって。マル暴なんだよ」
「わはは」
「マル暴対暴力団。ガサ入れって言うのね、事務所の中に乗り込むこと。ガサ入れで、もみくちゃの時は、顔だけ見ると、どっちがどっちかわからない」
「や。すごいね、それ」
「一度、組長に直接スカウトされたって。好待遇で」
「すげえ。ははは。どうしたの?」
「そこは、ほら、越えてはならない一線。丁重にお断りして、自慢話に代えてしまった」
「大した奴。俺たちなのに」
「ははは」
「あの。トイレ、貸してもらえる」
「コーヒーの利尿作用だね。その扉出て、左。把手、あんまり強く引っ張ると抜けるから注意してね」
「はい」
役者の俺はトイレに立った。
小便するってことは、生身の人間なのね。
いまだに俺は、最近現れる、俺がならなかった俺の正体がつかめていないのだ。まあ、悪い奴らではない。俺だもん。
あ。戻ってきた。早いな。あ、俺だからか。俺もトイレは早い。
「あはは。いいね、家族」
「え?」
「ほら。トイレに、中一で出てくる漢字、貼ってあった」
「ああ。うん。うちの娘、漢字覚えるの苦手なんだよ」
「へえ。あ。ほら、ピアノも。やらせてんの?」
「これね。電子ピアノ。大分前にレッスン受けてた」
「ふうん」
「3年間やらせてね。やっと出られた発表会で、ドレミファソソソ、ソファミレドドド、ドドドドドって」
「出来たんでしょ」
「出来ないの」
「ええ!?」
「それでもレッスン終わるといつも、楽しかった、って言うんだよ」
「ああ」
「でも、まったく上達してない」
「切ない」
「まあ、向いてないんだろうけど、辞めさせるに辞めさせらんなかった」
「そういうのいいな」
「え?」
「僕は、家族持てなかったからさ」
「そっか」
「女の人に、怖がられる」
「ああ」
役者の俺は、そう言って寂しそうにコーヒーをすすった。
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