13人が本棚に入れています
本棚に追加
4.
文化祭も終わり、残暑がこびり付く教室で。茂樹と秋生は向き合って座っていた。辺りに漂うのは制汗剤の爽やかな香りと、鼻につく刺激臭。
「よくそんな細かいのできるなぁ」
「まぁねー。でも、男の子の爪って広くて塗りやすいよ」
秋生は最後に茂樹の手を引きで見て、満足そうに頷いた。
「ん。できた! どう?」
「おおー」
蛍光灯に両手を透かす。明るいグリーンのネイルが輝いた。
「……すごいけど、爪に色があるってヘンな感じ」
「慣れだよ」
秋生はクスクス笑っている。何が面白いのか茂樹にはさっぱりわからない。それでも、彼が再び笑うようになったのはいいことだろうと思う。
文化祭後、秋生のファッションショーは少しだけ話題に残った。文化祭らしい武勇伝として好意的に受け取られて終わったのは、はたしてよかったのか悪かったのか。
ひとつ、変わったことがある。秋生がゲイであると隠さなくなったこと。それに関して、二人は付き合っているのかと憶測が飛び交ったので、そこだけは茂樹から全力で否定させていただいた。秋生の方もやんわりと否定してくれている。
「ねえ、茂樹くん」
月に一回程度、放課後の教室でネイルサロンを開く秋生。花純からの嫌がらせは今も続いているけれど、秋生の性的嗜好が広まるにつれて鳴りを潜めていった。
「茂樹くんのこと、好きになってもいい?」
「絶対にダメ。川端は俺のタイプじゃないから」
残念、と秋生は笑う。茂樹はその度に笑っていいのか戸惑っている。
鮮やかに彩られた爪を見る。相変わらず、茂樹には秋生の趣味がわからないし、刺激臭には耐え兼ねている。
それでも。爪が塗り替えられるたびに心躍る感覚は、ほんの少しだけわかるような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!