4.

1/1
前へ
/16ページ
次へ

4.

 文化祭も終わり、残暑がこびり付く教室で。茂樹と秋生は向き合って座っていた。辺りに漂うのは制汗剤の爽やかな香りと、鼻につく刺激臭。 「よくそんな細かいのできるなぁ」 「まぁねー。でも、男の子の爪って広くて塗りやすいよ」  秋生は最後に茂樹の手を引きで見て、満足そうに頷いた。 「ん。できた! どう?」 「おおー」  蛍光灯に両手を透かす。明るいグリーンのネイルが輝いた。 「……すごいけど、爪に色があるってヘンな感じ」 「慣れだよ」  秋生はクスクス笑っている。何が面白いのか茂樹にはさっぱりわからない。それでも、彼が再び笑うようになったのはいいことだろうと思う。  文化祭後、秋生のファッションショーは少しだけ話題に残った。文化祭らしい武勇伝として好意的に受け取られて終わったのは、はたしてよかったのか悪かったのか。  ひとつ、変わったことがある。秋生がゲイであると隠さなくなったこと。それに関して、二人は付き合っているのかと憶測が飛び交ったので、そこだけは茂樹から全力で否定させていただいた。秋生の方もやんわりと否定してくれている。 「ねえ、茂樹くん」  月に一回程度、放課後の教室でネイルサロンを開く秋生。花純からの嫌がらせは今も続いているけれど、秋生の性的嗜好が広まるにつれて鳴りを潜めていった。 「茂樹くんのこと、好きになってもいい?」 「絶対にダメ。川端は俺のタイプじゃないから」  残念、と秋生は笑う。茂樹はその度に笑っていいのか戸惑っている。  鮮やかに彩られた爪を見る。相変わらず、茂樹には秋生の趣味がわからないし、刺激臭には耐え兼ねている。  それでも。爪が塗り替えられるたびに心躍る感覚は、ほんの少しだけわかるような気がした。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加