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「あ……」  慌てて目元を拭いながら。 「登戸くん、今帰り?」 「あ、うん……」  気付いてしまった。濡れて束になった睫毛に。赤くなった鼻に。  秋生は泣いていたのだ。  だからと言って、いきなり立ち去るのも憚られた。咄嗟に茂樹にできたことは、何も気付かなかったふりをして、展示された作品たちを見回すことだけだった。 「す、すごいな。これ、全部被服部が作ったんだろ?」  しかし、教室に足を踏み入れる勇気は出ない。秋生は生気の抜けた目で茂樹を見上げていたが、くしゃくしゃに顔を歪めた。 「……聞こえてた?」  何を、とは訊けなかった。  茂樹は聞こえなかったふりをして敷居を跨ぎ、一番近くにある衣装を見るために腰を屈めた。我ながらぎこちなく、ロボットみたいな動きだっただろう。眺めているはずの白いワンピースも、一切情報として頭に入ってこなかった。 「へぇー。川端が作ったのってどれ?」  背を向けている茂樹には、その時秋生がどんな顔をしていたのかわからない。知りたくもないと思った。  布ずれの音。上履きが床を踏み締めるゴムの音がして、背後に秋生が立った。 「……これ」  指差された方に目を向ける。  トルソーに飾られていたのは、展示されているものの中でもまだ茂樹にも理解ができる、華やかな水色のドレスだった。右肩から流れるようにドレープが胸元を覆い、腰は絞ってシルエットの美しさを描き出している。腿の部分はシャボン玉のように七色を反射する生地が何段にも縫い付けられ、鱗のように見せていた。丈は膝が出るくらいだけれど、背面からはゆったりと長いレースが尾を垂れており、さながらそれは人魚姫のようだった。  
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