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ファッションなんてさっぱりの茂樹にも、これは他の作品群に比べてよくできているのだろうと感じられた。それは堅実なデザイン性にはもちろん、布選びや端の処理といった細かなところにも表れている。
ふと、思い出す。貝殻みたいに小さな爪を丁寧に、丁寧に染めていく秋生の姿。その横顔は真剣そのもので、見ているこちらが息を潜めてしまうほどだった。きっと、この服を作っている時も、彼はそんな表情をしていたのだろう。
いったいどれほどの言葉であれば、彼の労力と熱意を正しく讃えることができるのだろう。茂樹はどこか途方に暮れながら、やっと絞り出した言葉はありきたりなものだった。
「……すごいな。本物みたい」
そんな陳腐な言葉でも、秋生は嬉しそうに、目を細めて受け取ってくれた。
「ありがとう」
秋生はドレスの腰に手を置き、慈しみの視線を送った。ほっそりした、それでも節が目立つ血管の浮いた手が、優しく鱗の表面を撫でる。かと思えば、突然彼はそれをギュッと握り締めた。
「えっ。おい……」
驚いて声を掛ける茂樹。秋生はにっこりと笑顔を浮かべた。
「オレはまだやることがあるんだ。登戸くん、早く帰んなよ」
貼り付けただけの笑顔は有無を言わさず。茂樹は気圧されるまま後退った。
「お、おう。じゃあ、また明日」
片手を上げて教室を後にする茂樹に。
秋生は答えなかった。
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