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彼女は次の日もやってきた。何時もの様に、暗闇を切り取ったような服装で。
「こんにちは」
彼女はそれだけ言って店内を見回す。今日は花の種類を決めていないようだった。
「今日はちょっと変わった物にしたいのですが……」
店先の花を眺めて彼女はうーんと唸る。
入り口近くには花に詳しくない人でも知っているような、メジャーな花を並べておくことが多い。私は彼女を店内へと促した。
「それも花ですか?」
暫く品物を見比べていた彼女は、鬼灯を指さした。
「花っぽく見えますけど、これは実なんです」
「果実ですか」
「ええ、でも中身は詰まってなくて、殆ど空っぽなんですよ」
「じゃあ、中身が腐ってきたりとかそういう心配はしなくても大丈夫そうですね」
「まあ、どんな花でも時間が経てば枯れるので同じようなものですけど」
「腐るのと枯れるのなら、枯れる方が何となく許せますよ」
「そんなものでしょうか」
「中身が空っぽなら、処理も簡単でしょうし」
妙に実感を伴った彼女の言葉に、私は妙な親しみを覚えた。
「……もしかして、最近果物か何か腐らせて困られたとか」
「そんな感じです、ちょっと手に負えなくて」
一人暮らしを始めた頃、仕送りを傷ませないように必死だったことを思い出し、私は少し可笑しくなった。
「一人なのに沢山貰ったりすると困りますよね」
「ええ。分けられる人がいたら良かったんですけどね」
どうやら彼女も私と同じように一人暮らしのようだ。毎日花を渡しに行く相手がいるのなら、独り身につきものの孤独感はあまり感じないのかもしれないが。
「それこそ、花と一緒にお裾分けしたら良かったのでは」
「自分の手に負えない物を押し付けてくる奴だと、思われたくありませんから」
そんなの自分の考えすぎで、きっと喜んで食べてくれたのだろうけど、と彼女は俯いた。そのまま鬼灯の果実を指でなぞり、今日はこれでお願いします、と彼女は微笑んだ。
切った茎を包みながら、私はふと気づく。
「何だか黄色っぽい植物が続いてますけど」
「ああ、そういえばそうですね」
「色で選んでいた訳ではないんですか?」
「ええ、たまたまです」
「貴方か受け取り手さんのどちらかが、黄色が好きなんだと思ってました」
「私は特にこだわりは無いですし、あの人もどんな色でも喜んでくれますから……」
「まあ気づいたついでに、明日は変えてみては?」
「それは明日、花を見て決めますよ」
彼女はまた、闇の中へと消えていく。
溶けていくような後ろ姿に抱えられた鬼灯だけが、嫌に長く景色に浮かび上がっていた。鬼灯が死者を迎える提灯に例えられることを、何となく思い出した。
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