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彼女は次の日もやってきた。何時もの様に、暗闇を切り取ったような服装で。ただいつもとは違い、彼女は最初から店の奥へ入ってきた。彼女がこの店に来るようになってずいぶん経った。そろそろ贈る花に趣向を凝らしたいのだろう。
「どんな花をお探しですか」
「今日は何も決めていなくて。あまり大きいのはちょっと、ぐらいですかね」
「持って行くのが大変だからですか?」
「ええ」
そういう事なら、小さめの花が良いだろうか。店内を見回すと、色とりどりのゼラニウムが目についた。昨日まで似たような色の花が続いた後な事もあり、この花なら小さくても相手の印象に残るだろう。
「ちょっとマイナーですけど、これはどうですか。虫除け効果もあるので、今の季節には良いんじゃないかと」
「ああ、良いですね。そういう実用的な効果がある方が向こうも喜びそうだ」
「どの色にします?」
彼女は小さな花を暫く見比べた。赤、白、ピンク、紫……と、彼女の指が花の周りを彷徨う。何故か私は自分が品定めされているように緊張した。
「赤にします」
ひと際鮮やかな、深紅の花の前で彼女は指を止めた。
切り花を奇麗に保って置ける期間は環境にもよるが、今の季節なら長くて5日ほどだ。だからまだ向こうの家に残っている花は、ここ数日続いた黄色い花だけ。その中に真っ赤なゼラニウムが加われば、新鮮味があるだろう。
私は鋏と新聞紙を用意しながら、ふと尋ねる。
「毎日花を抱えて訪ねるのは大変じゃないですか」
「ええ、まあ少しは歩きますし」
「一日ぐらい休もうってなりませんか」
「まあ、自分の意志でやってますから」
「どうしてこんなこと始めたんです」
「喜ぶ顔が見たかったからですよ」
「好きな人なんですか」
彼女は少しの間表情を失くし、そのうちに、物思いに耽るように目を伏せた。
「ええ、好きですね」
何時もと少し違う反応だな、と思ったが、それが何を意味するのかは測りかねた。
「告白、しないんですか」
私は切ったゼラニウムを手渡しながら彼女に尋ねる。毎日家に訪れても喜んで贈り物を受け取ってくれるという彼女の思い人。恐らくその思いは一方通行というわけではなく、向こうも少なからず好意を抱いているのではないだろうか。
告白につきものの花というのはある程度決まっている。
彼女が思いの成就を望んでいるのなら、明日はそういう花を薦めるつもりだった。
だが彼女は首を横に振った。
「今は毎日あの人の手が花を受け取るのを見ているだけで、十分です」
真っ赤なゼラニウムを覗き込んで幸福そうに笑う彼女を見て、そういう愛情もあるものだ、と私は思った。彼女の言葉が嘘でなければ。
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