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「いっ、たぁ……! え……あれ、今の、夢?」
ベッドから落ちた衝撃に目が覚めて、冬だというのに汗をぐっしょりかいているのに気付く。心臓もばくばくとうるさく、落ち着かない。それにしても随分とリアリティのある夢だった。
それでもきっと、目覚めてからもはっきり覚えている夢を見る時には、何かしらの忘れ物のヒントが含まれているはずだ。この場合、一体何を忘れているのだろう。
わたしは衝撃的な内容を振り返りながら、うんうんと唸る。飲むのを諦めたジュース、メモリーズパーク、アトラクション、出てきたものをひとつひとつ思い浮かべても、忘れるどころか所持していた記憶すらない。
「……あれ、待って。夢……なら、どこから、どこまで?」
思考の切れ間にふと気付く。
メモリーズパークに行くのに準備していた服は脱ぎ散らかされているし、スマホに表示された日付も約束の日を過ぎている。だとすると、眠る前に梓ちゃんと出掛けたことは確実だ。
それなのに、一体どこからが夢の入り口だったのか、夢の忘れ物を探す前に、現実と夢の境目すら曖昧なままだった。
*****
「ねえ、琴乃ちゃん。今度の日曜日、暇?」
夢の中で居なくなってしまった梓ちゃんは、いつもと変わらずバイト先に居た。そのことに安堵しながらも、やはり夢の始まりが何処なのかわからずにふわふわした心地だ。
「シフトも入ってないし暇だけど……どうしたの?」
「じゃあさ、メモリーズパークに行こうよ」
「……え?」
彼女の言葉に、思わずタイムカードを押そうとした手が止まる。
「えっと、先週行ったよね?」
「え?」
「いや、メモリーズパーク、一緒に……」
「先週?」
至極不思議そうにする梓ちゃんの様子に戸惑う。これは冗談なんかではなく、本気で忘れていそうだ。それとも、行ったことすら夢なのだろうか。自分の認識に自信が持てず、声が震える。
「ほら、全アトラクション制覇しよう、って……」
行ったことを証明しようにも、あいにく証拠も持ち合わせていなかった。映えないからと特に写真も撮らなかったし、ショップも冷やかしだけでお土産のひとつも買わなかったことを後悔した。
しかしふと、入場チケットの半券を財布に入れっぱなしにしていたことを思い出し、わたしは慌てて鞄を漁る。
「あっ、待ってね……ほら、証拠!」
そうしてチケットを取り出し梓ちゃんに渡すけれど、彼女はそれを見て更に首を傾げる。
「……琴乃ちゃん。日付、見て」
「日付? だから先週の……、……?」
返された半券を見ると、そこには可愛らしいマスコットキャラクターのスタンプに、約十年前の日付が印字されていた。
「……は?」
よくよく確認すると紙自体少しよれて黄ばんでいる。先週受け取ったばかりの真新しいものとは思えなかった。
「なんで……」
「琴乃ちゃん。……メモリーズパーク、行こう?」
チケットに視線を落としていると、不意にあの遊園地に流れていたノイズ混じりの閉園のアナウンスが、店内放送に紛れて聞こえる。
「え……?」
動揺し顔を上げると、目の中に居たはずの梓ちゃんは、既に居なくなっていた。
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