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「雰囲気に乗せる?」
「別れたかどうか、誰かに聞かれたら、『はい、そうなんです。ショックでしたけど……その分仕事がんばります。ニッコリ!』みたいな」
「うわー……あざとい」
「そんなに普段の藤原さんと変わらないと思いますけど。自覚なかったんですね」
「えっ?」
「いえ、何も」
しばらくはこの調子で。と言われて小さく頷く。
「そのうち噂の矛先が、風見さんと美濃さんに向くと思います。美濃さんにイライラがつのって、風見さんとギクシャクし始めたら次の段階です」
「つ、つぎ?」
「はい」
「それはどんな……」
「まだ内緒です。そのときにまた話しますね」
き、気になる。何度か彼に教えてとせっついたけど、頑として教えてくれなかった。
話をしながらも、いつもの倍はビールを煽った。久しぶりに飲んだせいか、だんだん目がとろんとして眠気に襲われてローテーブルに突っ伏した。
「藤原さん、ここで寝ないでください」
ゆさゆさと肩を揺すられる。大きな永井くんの手が温かい。
「……ねぇ、永井くん」
「はい」
「あのね、お願いがあるの」
「なんですか?」
霞んで朧げな彼の瞳を見つめると、吸い込まれそう。受けとめてくれると勘違いしてしまう。
「どうしても辛いときは、弱音吐いてもいい?」
「……いいですよ」
「美味しいごはん、食べたい」
「いつでもどうぞ」
溜めていた涙がぽろんとこぼれる。
伊吹と付き合っていたときは、とにかく自分ががんばらなくちゃいけなかった。
仕事で疲れていても、彼が遊びにくるとなれば慌てて夕食を用意して彼をもてなした。
休みたいとか、ゆっくりしたいとか、自分の思いがうまく伝えられないことがほとんど。
それでも幸せだと思っていた。彼に何かしてあげられることが喜びだったから。
今思えば、それもすべて自己満足だったように思える。
伊吹にとっては重たかったのかもしれないな。燎子はあっけらかんとしているから、その方が良かったのかもしれない。
「花音?」
唐突にそう呼ばれて顔を上げたら、永井くんの顔がすごく近くにあった。
思わず身をひこうとした私の腕を引っ張って、彼がぐっと口づけてくる。
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