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背を向けていた伊吹は、私に気がついていなかっただろう。
伊吹の肩越しに、燎子の顔が見えた。
キスしながら、少し目を開けて私を確認すると、わざとらしく目を閉じて、彼の首に腕を回してキスを深めていた。
あまりのことにカチッと固まった。
いやらしいリップ音が、頭の中に今でも響いてくる。
やっと足が動いて、その場から逃げるように離れるまで時間がかかった。
急に別れたいと言ってきたのはそういうことだったのか。
なぜそうなったか合点がいった。
あの子に二度も彼氏を取られることになるなんて。
思い出したら悲しくなってきて、目の前が霞む。スタスタと永井くんが戻ってきて、涙をそっと拭った。
「大丈夫ですよ、俺にまかせて」
「永、井……くん」
そっと微笑む彼の顔は眉目秀麗という言葉がぴったりだ。
「ありがと……」
「あとどれくらい仕事あります?」
「……もう、やる気ない。あとは明日にする」
「じゃあ、ロビーで待ってますね」
彼はそう告げると、リフレッシュルームを出て行った。
ポロポロと流れる涙を拭いながら、私もロッカールームへ移動し、コートを着る。
つい数ヶ月前に元彼に買ってもらったコート。できればもう着たくなかったが、年末の激務で買い換える時間もなかった。袖を仕方なく通せば、悲しくて切なくて肩が小刻みに震える。
どうしてこうなったんだろう。
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