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「待って、誰かに見られたら……」
「見られて、困ることあります?」
「え、あ、いや……」
美しい横顔を見ていたら、何も言えなくなった。
冷たかった手が、永井くんのポケットのなかで少しずつ温まっていく。
「ほら、すぐそこです」
永井くんの指差す方には、いくつか高層マンションが立ち並ぶ。
「す、すごっ……」
「今の自分より、ちょっと背伸びするのがステップアップの肝らしいですよ」
「はぁ……」
だとしてもすごい。
一番手前のタワーマンションに彼は向かった。煌びやかなエントランス、開放的なロビー。24時間常駐であろうコンシェルジュの横を通り過ぎる。
重厚な色のエレベーターにルームキーをかざした永井くんに連れられて乗り込む。
永井くんは無言だった。
私が顔を覗きこんでも、チラッと目を合わせるとすぐ前を向く。
勢いでここまできてしまったけれど、本当にいいのだろうか。
繋いだままの手を、永井くんが握り直してくる。ポケットの中で恋人繋ぎになった手が、焼けるように熱い。
そっと顔を上げても、彼は前を向いたまま。
エレベーターは11階で止まった。
静かな内廊下に、ふたりの足音だけが響く。
永井くんは部屋の前まで来て足を止めた。ルームキーをセンサーにかざそうとして、すっとその手を下ろす。
どうしたんだろう。
彼を見上げると、なんだか苦しそうな顔。
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