番外編 ペアウォッチ 前編

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番外編 ペアウォッチ 前編

 お久しぶりの岳×徹平です。  こちらは『ふれていたい、永遠に』の番外編「ペアウォッチ2、3」でコラボしている岳×徹平の裏側です。あちらを読まれていない方でも『秋人と蓮は芸能人で極秘の恋人』それだけ分かっていれば読める内容だと思いますꕤ︎︎  久しぶりなので、声の会話「 」と心の会話『 』の入り交じりに慣れず読みづらいとは思いますが、どうぞお付き合いくださると嬉しいです♡   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 〈岳〉 「ペアウォッチ〜、ペアウォッチ〜」  ショッピングモールの中で、俺たちは周りも気にせず手を繋いで歩いていた。  いつでも俺たちは手を繋ぐ。近寄れば、どちらからともなく自然と繋ぐ。  我慢をするのは学校の中だけだった。  そうしていてわかるのは、世間には激しく嫌悪する人はそれほどいないということ。聞こえてくる心の声でそれがわかる。  異物を見る声、困惑したような声、それくらいなら俺たちは気にしない。それよりもずっとくっついていたいから。 「ペアウォッチだ、ペアウォッチ〜」  徹平はスキップでもしそうなほどウキウキしていて、さっきからメロディー付きで『ペアウォッチ』をくり返す。 「そんな嬉しいか?」 「嬉しいに決まってんじゃんっ。だって結婚指輪なんて何年も先だろ? 待てねぇもん。早くペアウォッチ着けたいっ!」  徹平の両親に挨拶に通って三ヶ月。徹平のお母さんから、やっと許可が下りた。  もっと俺たちを嫌悪したり難色を示すかと思っていた。でも、それよりも徹平がアメリカに行って使い物になるのかと、夢を見すぎじゃないのかと、そればかりを気にしていた。  アメリカに移住すれば男同士でも結婚が認められ、周囲からの理解も日本よりも得られる。徹平でも父さんの会社に入ることが可能なら安心できると言ってくれた。  徹平は意地になり、この三ヶ月は猛勉強をした。許可が下りるまでは泊まらない! と強がって、俺の家で勉強だけして帰って行った。  家でも部屋にこもって遅くまで勉強をしていたらしい。  二学期制の俺たちの学校。一学期の中間、期末と着々と上がっていた徹平の成績は、十二月の二学期中間考査では一気に五十位以内に入った。後ろから数えたほうが早かったのに、本当にすごい努力をした証拠だ。  それが決め手だった。徹平のお母さんは、諦めたように俺たちを認めてくれた。別れさせたほうが怖い、と言って。  でも、俺たちはちゃんとわかってる。口ではそんなことを言っても、心の中ではずっと俺たちのことをお母さんは認めてくれていた。  最初から味方をしてくれていたお父さんと、BLだ!! と大騒ぎのお姉さんは手放しで喜んでくれて、徹平が本当に嬉しそうだった。  婚約指輪がほしい! 結婚指輪は?! と徹平が騒いだが「高校生の間はペアウォッチくらいで我慢したら?」というお母さんの言葉で、さっそく今日買いに来た。 『なぁ岳』  徹平が心で話しかけてきた。どこか心配そうな声色だ。 『うん? どうした?』 『ウチで嫌な思いしなかった? 大丈夫だった?』  正月にひとりぼっちなんてだめだ! と言って、徹平の家族が俺を拉致した。  大晦日からずっと、今日で三日目。その強引さがあたたかくて、俺が泣きそうだったことを徹平は知ってるはずだ。それでも心配だったんだろう。 『徹平の家族は底抜けに明るいな? すごい楽しかったよ。心の声だってなにも不快なものはなかった。徹平も知ってるだろ?』 『ん、でも、すげぇ心配だった。心の中は自由だからさ。いつか岳を傷つけるかもって』 『大丈夫だ。母さん以上の強敵が現れない限り屁でもないよ』  徹平がホッとした顔をして、でも、心を痛めていた。 『ほんと……岳の母親がいなくなってよかった……』  これは俺に言った言葉じゃないな。そう思って頭だけ撫でておいた。  父さんと離婚したあと、母さんは俺から離れるために東京から出ていったらしい。本当に清々した。それに尽きる。  時計ショップにたどり着いた。徹平が『ペアウォッチ! ペアウォッチだ! 岳!』と心の中が大興奮だ。 『うん。ペアウォッチだな』  ここはただの時計屋であって、ペアウォッチが並んでるわけじゃないけどな、と俺は笑った。 「じゃあ、まずはそれぞれ一人で見て回るか」 「えっ! なんでっ? 一緒にでいいじゃんっ!」  離したくないというように、徹平は繋いだ手をぎゅっとにぎる。 「どっちがカッコイイ時計を見つけられるか競走しないか?」 『なにそれっ! 燃えるっ!』 「いいよっ! 負けねぇかんなっ!」 「俺も負けないぞ」  パッと手が離れて、ウキウキとショーケースを眺め始める徹平に、顔中の筋肉が完全にゆるむ。あー可愛い。 『岳も可愛いぞー』  ショーケースから目を離さずに徹平が攻撃してきた。そんな徹平がさらに可愛いからキリがない。このままだと意識が徹平から離れない。時計を選べない。少し離れよう。  意識して徹平から心をシャットアウトすると、騒がしい声が聞こえてきた。声も、心の声も、両方騒がしい。 「うっそーっ! 本物っ?!」 「キャーッ!」 『やばいやばいカッコイイ!』  いったいなんだ? と思い店内を見渡すと、騒いでる人達は店の入口に固まっている。そして、みんなの視線の先にはオーラが別格の二人がいた。芸能人だとすぐにわかった。  まぁ、どうせ俺は見てもわからないからどうでもいい。  そう思ってショーケースを眺めようとしたとき、彼から流れてきた心の声を聞き流すことができなかった。 『蓮は友達、蓮は友達、蓮は友達……』  さっきのオーラだだ漏れの一人が、まるで呪文のように必死に何度も自分に言い聞かせている。 「じゃあ秋さんは俺の時計選んでね。俺は秋さんの選ぶから」 『本当は秋さんが選んでるのをこっそり見てるだけだけど』 「お、おう。わかったっ。任せろっ」 『さっそく噛んだっ……なにやってんだ俺っ。バレないように自然にペアウォッチ買うんだろっ』  それを聞いてピンと来た。きっと、彼らは俺たちと同じだ。 『あーやばい。ペアウォッチ最高。選ぶだけでも至福すぎる……』  彼がどれだけ相手を想っているのか、痛いくらいに気持ちが流れ込んでくる。男同士で、芸能人で、恋人か……。大変だろうな……。ペアウォッチを買うだけでもこんなに慎重に……。  そんなことを思ってじっと見ていたら、ふいに目が合った。  一瞬身構える雰囲気を彼から感じたが、俺の視線がファンのものとは違うと察して気をるゆめたのがわかった。 「あの、どこかで見たことがあるような気がして。ジロジロ見てしまってすみません」  俺は頭を下げて謝った。  すると、思いがけない嬉しそうな心の声が返ってくる。 『どこかで見たことがある程度の認識の人とふれあうのって久しぶりだ……』  彼は優しく笑いかけてくれた。 「見られるのは慣れてるから謝らなくていいよ」  彼の心の中はずっとあたたかい。すごくいい人だというのがにじみ出ていた。すごく好きだな、と思った。   「すみません、俺あまりテレビを観ないので。たぶんあなたのこと思い出せません」  「ふはっ。うん、いいよ思い出さなくて」  と彼は笑った。表情も、心も、嬉しいと言っていた。 『メンズコーナーにいるってことは自分用の時計を買いに来たのかな』  彼の心を聞いて、俺たちのことを教えたくなった。  俺たちも同じだと、知ってほしくなった。 「今日はペアウォッチを買いに来たんです。恋人と」 「ペアウォッチ? あ、だったらここはメンズコーナーだから……」  男女のペアウォッチコーナーを案内しようとする彼に、俺はわざと徹平の名前を口にした。 「これ徹平に似合いそう」 「え?」  案の定、口を開けて目を瞬いている。  気づいたかな。 「岳ー。いいのあった? あっちはダメだ。岳っぽくねぇわ」  そこに、タイミングよく徹平がやってきて、すっと手を繋いだ。  なかなかいい仕事するな徹平、と俺は口元をほころばせた。 『なに? いい仕事?』  徹平は、俺の心を聞いて心で問いかけてくる。 『なんでもない』 「これはどうだ? 徹平」 「おっ、かっけー! いいじゃんっ!」  こっちも案の定というか、どっちがカッコイイ時計を見つけるかの競走はもう忘れたらしい。わかってた。ペアウォッチを選び始めたら徹平がそうなることは予想の範囲内。 『ペアウォッチの相手は彼か……? どう見ても恋人つなぎ……。すごいな、堂々と自然に……。隠れてペアウォッチを買いに来てる俺たちとは違っ  て彼らは堂々と買うんだな。すごいな。いいな……』  彼が感動したように俺たちを見てる。  俺たちのことを教えたいとは思ったが、自慢になっているかもと心配になった。  徹平が俺の心に首をかしげ、そしてすぐに俺の隣を見て声を上げた。 「えっ、秋人?!」  叫んでから、徹平はハッとしたように手で口をふさいだ。 「お前知ってるのか?」  徹平でも知ってるくらいの有名人か? 「はっ?! プラ……」  目をむいて叫びかけ、また手で口をふさいで周りをキョロキョロした。 『PROUDの秋人じゃんっ! お前知らねぇの?!』 『知らん』 『嘘だろっ?! 大晦日に年越しライブで観たばっかじゃんっ! カウントダウンしたのがPROUDだってっ!』 『ふぅん。そうなのか』 『反応うっすっ!! 信じらんねぇっ!!』  徹平は、もういいと言わんばかりに話を切り上げ、彼、秋人さんに頭を下げる。 「すみませんっ。コイツいっつも勉強ばっかでテレビ見ないからっ。ただのガリ勉だから気にしないでくださいっ」 「大丈夫。気が楽で嬉しいくらいだよ」  周りを配慮して声を落として話す徹平に、秋人さんは、キャーキャーと写真を撮っているファンの存在を教え、気にしなくていいよと笑った。 『おい、ガリ勉ってなんだ』  どうしても聞き捨てならなかった。 『うっさいっ! いま秋人と話してるだろっ!』 『お前の成績が上がったのは誰のおかげだと思ってる?』 『俺が頑張ったからだっ!!』 『…………まぁ、そのとおり……だな』  ここまで上位に上がってきたら、もう俺のおかげだろうなんて言えないな。徹平は本当に頑張ってたもんな。 「ペアウォッチ買いに来たんだって?」 「あ、はいっ。へへっ」  はにかんでぎゅっと手を繋ぎ直す徹平に、俺の機嫌は簡単に直った。 「いいね、ペアウォッチ。二人とも幸せそう」 「はい、すっげぇ幸せです」 「指輪はつけないの?」 『彼らなら堂々と買って付けちゃいそうなのに……』  徹平のお母さんに止められなければ買っていただろうペアリング。いまはペアウォッチを買って、指輪は結婚のときに取っておこうと俺たちは決めた。 「指輪は結婚するときに買うんで」 「え……結婚……?」  徹平は俺たちが大学を卒業したらアメリカに渡って結婚をするつもりだと笑顔で説明した。  秋人さんが目を見開いて俺たちを交互に見つめる。 『アメリカ行って結婚……。すごいっ。俺たちの描いてる夢を彼らは本当に実現しようとしてるんだ。うらやましいな……。俺も蓮と一緒にアメリカ行って本当に結婚したい……』 「え……っ」  徹平が秋人さんを見て、かすかに驚いた声を漏らす。  ばかっ。なに心の声に反応してんだっ。 「ん?」 『なんだ? え、俺まさか口に出しちゃった?』  秋人さんが動揺してる。  でも、すぐに『いや、そんなわけはないよな』と思い直してくれた。 『おい、なにやってんだっ』 『ど、どどどうしよう岳っ。だって思わずさ……っ』 『まさかお前がそんなミスやらかすと思ってなかった。先に俺から教えとけばよかった……』 『え、岳知ってたのっ?!』 『さっき会ったときから心の声でわかってた』 『そ、そうなんだ……。そりゃ、岳は秋人を知らないから驚かねぇよな』 『まぁそうだけど、そういう問題じゃ――――』 『わかってるよっ! もうミスはしないっ! 最近岳のせいで気がゆるんでた。もっと気をつけるよ』 『……なんだ、俺のせいって』 『わかるだろっ? いまが人生最大の気のゆるみだよ。……でも、そっか。あきれんって……そうだったんだ……』  徹平は驚きながらも、彼らの立場ゆえのつらさを想像して心がつらそうだった。 「秋さんいいの見つかった?」 「あ、蓮。ごめん、この子達と話しててまだ全然見てないや」  蓮と呼ばれた彼が俺たちを見て、秋人さんがそうしたように感動でいっぱいの表情を見せる。  すごくお似合いの二人だな。 「わっ、神宮寺蓮もいるっ。すげぇ、あきれんだっ」 『そういえば年越しライブで蓮とラブラブするって言ってたもんなっ』 『彼のことも知ってるのか?』  そんなに有名人なのに俺にはわからないのか、とちょっとだけ落ち込んだ。 『いま注目株の若手俳優だよっ。岳もドラマ観たことあるって』 『え、ドラマ? 俺が?』 『もーその話は後でなっ』  二人に夢中の徹平は俺との話を中断させた。 「蓮、この二人、大学卒業したらアメリカ行って結婚するんだって」 「えっ! ……そっか。そっかぁ。すごいね。素敵だね」 「な、ほんっとすっげぇお似合いだしな」 『アメリカか……俺も秋さんとアメリカ行って結婚したいな……。でも、まだ若いのにそこまでの覚悟で一緒にいるなんて本当にすごい子達だな……』    彼らのあたたかい眼差しに、俺たちは胸があたたかくなった。  徹平は俺と目が合うと『お似合いだってっ、へへっ』と嬉しそうに破顔した。 「ありがとうございます」  「あ、ありがとうございますっ。すげぇ嬉しいですっ」  久しぶりに身内以外で純度100%の優しさにふれた気がするなと思い、心が癒されていく。 『俺もそう思うっ! 純度100パーっ! ますます大ファンになっちゃったっ!』 『俺も、これからは二人を応援したいよ』 『やったっ! これからは岳と芸能人の話で盛り上がれるなっ!』 『この二人限定な』  と徹平の頭をポンとした。 『本当に想い合ってるのが伝わってくる。本当に素敵な子たちだな。彼らには……仲間はいるのかな。俺たちにはいないから……友達になりたいな。でも、言えるわけが無いし無理だよな……』  蓮さんの心の声が聞こえてきた直後に、まったく同じ内容の心の声が秋人さんからも流れてくる。  想い合ってるのは二人も同じですよ、と教えてあげたい。  ……いや、教えなくてもきっと彼らなら言葉だけでわかり合えてるかな。 「握手してもらえないかな?」  と、秋人さんが俺たちに手を差し出した。  驚いて俺たちは目を見開いた。 「それは俺たちのセリフですっ! 握手してくださいっ!」 「ふはっ、うん、じゃあ握手」  秋人さんと蓮さん、交代に俺たちは握手を交わす。 「お幸せにね」 「ありがとうございますっ」  これは、俺たちと友達になりたいけれどなれない代わりの握手だろう。  名残惜しいという秋人さんの心の声を聞いて、俺は徹平に聞いた。 『徹平、今日はショップカード持ってきてないのか?』 『ん? あるよ?』 『あれ、お前の連絡先のスタンプ押してあるだろ?』 『うおぉ! そうだったっ!!』  目をキラキラさせた徹平は、ガサゴソとバッグの中からショップカードを取り出して秋人さんに差し出した。 「あの、俺ん家酒屋やってて。もしよかったら、優遇しますんで利用してください。配達もやってますっ。営業すみません。えへへ」 「ありがとう」  秋人さんは受け取ったカードを眺めてひっくり返し、徹平の連絡先を見ると嬉しそうに目を大きく開いた。 『彼らとつながった。これっきりじゃなく、もっと近づこうと思えばこれで近づける。でも、本当にどこか不思議な子達だな……。まるで俺が友達になりたいと思ってることをわかっててこれをくれたように思える……』  それを聞いて、俺たちは目を見合わせて苦笑した。 「ありがとう。ぜひ利用させてもらうよ」 「はいっぜひっ」  
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