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『うーんこれは母さんに話したら卒倒しそうだなぁ。小出しに浸透させるか……?』 「あ、ところで黒木くん?」 「はい」 「もしかして、明日飛行機でどっか行くのは君かな?」 「えっ? と……はい。アメリカに……」  黒木の口から初めて聞かされて、顔が強ばった。  黒木に会えてホッとしたのに、いまはまた絶望で涙が出る。 『なるほど。徹平が泣いた原因はやっぱり黒木くんか。アメリカにはいつまで……なんて俺が聞くことじゃないな。……徹平また泣かないか?』 「そうかアメリカになぁ。徹平よかったな、黒木くんに会えて」 「……うん」 「大事な話があるんだろうし、部屋に上がってもらいなさい」 「いい。ちょっと公園行ってくる」  黒木の腕を引っ張って俺は歩き出した。 「おい、野間」 「物騒だからあんまり遅くならないようになー」 「あの、すみません、ちゃんと送り届けます」 「うん、よろしくな黒木くん」 『はぁー、イケメンで背が高くて勉強もできて優しいのかぁ。そりゃ徹平もコロッといくなぁ。……うん、あれは間違いないな』  父さんの心の声が恥ずい。黒木の顔が見られない。  俺は心の中で念入りに呪文を唱えて、うつむいて歩いた。 「野間……なんで俺がアメリカに行くこと知ってるんだ?」 『先生に聞いた』  声で質問されたけど俺は心で答えた。  それだけで、黒木にはどういう意味かわかるはずだから。 『……そうか。どこまで知ってるんだ?』  公園に着いて足をとめると、俺は黒木を振り返って心で叫ぶ。 『そうじゃねぇだろっ!? どこまで知ってる? じゃなくて、全部お前が教えろよっ!』  俺は黒木を見据えて返事を待った。  黒木の心は相変わらず静かだ。俺の事を考えてない証拠だ。  ツキンと胸が痛む。それ以上考えないように呪文に意識を向けた。  心を読むのは怖くてやめた……。 『……父さんが、俺をアメリカに転校させようとしてる』  しばらく俺を見つめ続けて、黒木は静かに心の声で話し始めた。 『もしかすると……本当にそうなるかもしれない』 『……う、うそだろ?』 『父さんは俺の力を利用したがってる。明日アメリカに発つのも、仕事の補助に入れと言われたからだ』 『仕事って……っ! それ、ただ黒木を便利に利用するだけってことっ?』 『……そうだな』 『なんだよそれっ! いままでずっと放置しといて都合のいいときだけ利用すんのっ?!』  どんだけ勝手な親なんだよっ。  それで黒木がどんだけ傷つくかなんて、なんにもわかってないじゃんっ。黒木のことなんにも考えてないじゃんっ。 『お前、それでいいのっ? 言いなりになって、それでいいのかよっ! なんかねぇの? 転校しなくてもいい方法、なんかねぇの?!』  そんな自分勝手な親のせいで黒木がアメリカに行くなんて許せない。  でもこの怒りは、黒木のためが半分で、残りは自分のためだ。黒木を奪われるかもしれないという怒り。だって……アメリカなんて遠すぎる……!  悔しくて悲しくて、一度引いた涙がまたあふれてくる。  力の入らない手で黒木の胸をたたいた。 『なぁ……なんか方法ねぇの……?』  黒木と離れたくねぇよ……。  転校しちゃったらもう会えねぇの……? 『いろいろ粘ってはいたんだ。なんとか行かずに済むように。……けどいまは、ちょうどいいのかもしれないと思ってる』 『は? ちょうどいいってなに……』  『……野間。お前、俺に心を読まれたくないんだろう?』  ギクリとして身体が固まった。  黒木の転校の話で頭がいっぱいで、その話をしなければならないことを忘れてた。  やばい。いまいろいろ気持ちがあふれてやばい。  俺は呪文を必死で唱える。   『お互いに心が聞こえる同士、うまく付き合っていけると思ったんだが……難しいのかもな』 『そ……それとアメリカに転校とは全然関係ないだろ……』 『……少し離れてみたらどうかと思ったんだ』 『な……んだよそれ』  『野間。お前、心を聞かれることに拒否反応が出るんじゃないのか? 俺を拒絶するような言葉を聞かれたくないから呪文を唱えてる。……違うか?』  グッと喉が詰まった。  違う……。違うけど、本当のことも言えない……。  でもこのままなにも言わないと、黒木を拒絶してると思われる。  もうどうしたらいいのかわからない。 『それでも一緒にいたいと思ってくれてるのは嬉しい。……でも無理だろう。ずっと呪文を唱えて一緒にいるなんて無謀だ……。なぁ、野間。俺はお前のどんな気持ちが聞こえてきても平気だから、もう呪文はやめてくれないか?』  ……黒木は平気かもしれないけど、俺は平気じゃない。  俺たちのこの関係が変わるなら、俺は平気じゃない。  こらえていた涙がとうとう流れ落ちた。  呪文を唱えてはいるけど動揺がひどくて、もうどこまで隠せてるのかわからない。   『……野間は平気じゃないのか』  隠せてなかった……っ。  黒木が眉を下げて俺を見てる。俺は血の気が引いていった。  じゃあもう聞かれてるのか……?  黒木と……終わっちゃうのか……?  黒木の服をぎゅっとにぎる手が震えた。   『俺は平気じゃない……だけ、かすかに聞こえた。全部は聞こえない。呪文とかぶって聞き取れない。俺を拒絶する言葉は、まだなにも聞こえてきてないよ』  違うのに……違うのに……っ。  違うって言えない……。
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