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『野間はきっと……俺に依存してるだけだ』
『ち、違うっ!』
『……同じ力の人間に初めて会って、ただ依存してるだけだ。だから呪文なんて無謀なことしてまで一緒にいたいんだろう』
『違うっ!』
黒木が俺から離れていく。怖い……嫌だ……。
『……とにかく俺がいない間、無理せずのんびり過ごしてみてくれ。そうすれば、呪文がどれだけしんどかったかわかると思うから』
『……全然……しんどくねぇもん……』
『お前、いま毎日無理しすぎてきっと麻痺してるんだろ』
『……違う』
違うとしか言えない自分に嫌気がさした。
黒木を拒絶してると誤解されてるのに、それでもこの気持ちを知られるのが怖い。黒木の反応が怖い。俺たちの関係が変化するのが怖い……。
『野間』
黒木の声色が変わってビクッとした。
どこか突き放すようなきつい物言いい。
俺は恐る恐る顔を上げた。
『俺はお前が呪文をやめられないなら……そうしてでも俺といたいなら、それでもいいと思ってた。でも、呪文の理由が俺を気づかってのことなら話は別だ』
『……あ……黒……』
『俺への拒否反応を隠すための呪文なら……俺も正直しんどいよ』
黒木のつらそうな表情に、胸が締め付けられるほど苦しくなった。
俺が黒木にこんな顔をさせたんだ。俺のせいだ。
それはそうだ。当たり前だ。もし黒木が同じことをしたら俺だってつらい。
……でも……だって言えねぇじゃん……。
俺を好きじゃないとわかってる相手に告白なんてできるわけない。そんな勇気俺にはない……。
どうしたらいいのか、もうなにもわからなくて絶望した。目の前が真っ暗になる。
なんで俺たち、こんな力持ってんだろ……。
もし力なんてなければ、なにも悩まず一緒にいられるのに……。
待って……これって、言っても言わなくても……俺たち終わっちゃうの……?
だったら言っちゃった方がそばにいられる?
呪文さえやめれば、普通の友達としてだけでもそばにいられる?
もう俺は、それでもいいから黒木と離れたくない。
『く……黒木……』
『野間、これだけはわかってくれ。たとえお前の心からどんな言葉が聞こえたとしても、俺は……お前とずっと一緒にいたいよ』
『…………っ』
『だから、できれば呪文なんてやめてほしい。俺がいない間……ゆっくり考えてみてくれ』
黒木の手が優しくポンと頭に乗せられた。
その瞬間、また涙がどっとあふれ出た。
ほんとに……どんな言葉でも……?
振られたあとも……黒木と一緒にいられる……?
期待と不安で気持ちが高ぶって、必死で呪文をくり返す。
「泣くな、野間」
黒木が心の声を終了させた。
もうこの話は終わりってことだ。
とたんに俺の振られる勇気も一気にしぼむ。
さっきまでは言えると思ってたのに……。
黒木は指で俺の涙を拭いながら言った。
「もう遅いから、送っていく。帰るぞ」
「…………う、ん」
背中を押されて、俺はしぶしぶ歩き出す。
まだ実感できない。明日から黒木がいないなんて……。
こんなに毎日一緒にいたのに。俺、夏休みどう過ごせばいいんだろう。
隣を歩く黒木を見上げた。
最後に……キスしたかったな……。
もう二度とできない可能性もあるんだ……。
また涙が出てきて袖で拭った。
「あ……そうだ黒木、スマホは? 明日から……連絡も取れねぇの……?」
「ああ、スマホな……。壊れた」
「壊れた?」
「……ふざけんな、って投げつけたら壊れた」
「投げつけ……」
え、黒木が?
「何かあったら電話しろって言っておいて……すまん……」
「あ、それは大丈夫だったから気にすんなよ。なんもなかったし」
「そうか。よかった」
黒木がスマホを投げつけるほど怒ってるところが、想像できない。
出会った当初は眼力強くて怖いイメージだったけど、本当の黒木は優しすぎるくらいだったから。
「すまん。しばらく連絡できないと思う」
「……戻ってくるとしたら、いつ?」
「まだ、なにもわからない」
「……もしかしたら……これで会えなくなるかも……ってこと……?」
また黒木の返事がない。
うそでもいいから、否定してほしかった。
俺はうそが嫌いだけど、いまはうそをついてほしかった。
「……すまん。スマホは、こっちに戻って来たら考える」
「…………じゃあ……本当に連絡取れねぇんだな……」
会えなくて電話もできないとか……俺耐えらんねぇよ……。
「そうだ野間。番号だけ、書いといてくれ」
黒木にノートとペンを渡された。
俺はうなずいてスマホの番号を書き込み黒木に渡す。
「戻る目処がついたら電話する」
「……うん。待ってる。待ってるから……絶対戻ってこいよな」
黒木の返事は、やっぱり返ってこなかった。
ゆっくりと時間をかせいで歩いたはずなのに、あっという間に家の前に着いた。
もっと……黒木と一緒にいたかった……。
「野間。……じゃあ元気でな」
「……そんな……もう会えねぇみたいな言い方すんなよ……」
「……戻れるように、努力する」
じゃあな、と俺の頭に手を乗せて背中を向けて歩き出す。
戻るとは約束できない黒木が、戻れるように努力すると言った。きっと、戻る意志を込めた黒木の精一杯の言葉だ。
「黒木! 俺待ってるからな!」
振り返った黒木は柔らかい表情で「ああ」とうなずき、また背中を向けて去っていく。
これが最後だったらどうしよう。もう会えなかったらどうしよう。
怖くて怖くて涙でぼやける視界。それでも必死で見えなくなるまで、俺はただただ黒木の背中を見つめ続けた。
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