7〈黒木〉

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7〈黒木〉

 たぶん人生で初めて友人ができた。  中学からは完全に人との関わりを絶っていたし、それまではそれなりにいたが、本当に浅い付き合いだった。浅い上に、毎日聞こえる友人の心で、なにかしら傷ついていた。  野間は、全てがあたたかい。どうしてこんなヤツが存在するんだろう。自分に対する悪の感情が全くない。 「はぁ? お前学年トップなのかよ?! かー! ムカつくなっ!」  野間は学力テストの結果を奪うように見て、声をあげた。  いや、悪の感情あったな、と俺はクッと笑った。  野間はこうやって素直に直接悪態をつくだけだ。  嘘がない。それがものすごく心地いい。  野間はいつも俺を構いに寄ってくる。  初めの頃はあまり寄るなと距離をとった。普通ならそれで離れていくだろうが、野間は違った。俺といると周りにどう思われるかわからない、という俺の心を読んで、たった一言『ばーか』と言って笑った。   「野間すげぇ……黒木と普通にしゃべってる……」 「え、黒木って返事すんの? 会話できるんじゃん」    そんな風にクラスがザワザワしてたのも数日間でおさまった。  クラス替えから約半月。最近やっと俺と野間のコンビに、心の声でも騒がれなくなった。   「おーい野間ー」  帰り際、同じクラスの木村が俺と野間の元に来た。   「ん? なに?」 「あ、間違った……」 「は?」 『次誘う時は先に黒木に声掛けてみようって思ってたのにっ』 『……ん? なんのことだろ?』  野間が俺に目配せしてくるが、俺もなんのことだかわからない。 『俺にもわからん』 『そっか』  二人で脳内でさっと会話をかわす。 「えっと、あ、黒木さー。みんなでカラオケ行くんだけど一緒に行かねぇ?」 「……カラオケ……」  初めて直接誘われた。いつも野間から間接的に誘われるが一度も行ったことがない。  なぜ何度も俺なんかを誘うんだ。なにか意図でもあるんだろうか。 『黒木が来ねぇと野間絶対行かねぇっつうし。コイツらクラスでちょっと浮いてんだよな。みんなでカラオケでも行けば馴染むと思うんだけど……』 「もちろん野間も一緒にさ。な、行こうぜ?」    どうやら俺たちの心配をしてくれているらしい。 「黒木、どうする? 行く?」 「……いや。悪いけど俺は……」 『木村、わりと良いヤツだよ?』 『野間は行ってこい。俺はいいから』 『……ま、だよなぁ』 「木村、悪いけど、黒木ちょっと音痴だからカラオケは誘っても無理かも」 「は?」 「え、そうなの? マジか! めっちゃ上手そうなのになっ」  俺は野間を横目で睨みつけた。   『おい、誰が音痴だって?』 『だって、そう言った方が角立たないじゃん』 「そっかー。じゃあ今度ファミレスでも行くときまた誘うなっ!」 『そっか黒木音痴なんだ。なんかちょっと親近感っ。これで歌上手だったらさすがに嫌味だもんなー。なんだそっかー』 「うん、そうしてー。またなー」 「おう、またな! 黒木も次は絶対行こうなー!」  片手を上げて木村が教室から出て行った。  木村が良いヤツらしいということはわかったが、勝手に音痴にされたことは納得いかない。  リュックを背負って立ち上がり、野間を見下ろして睨みつけた。とは言ってももちろん本気じゃない。それがちゃんと伝わるとわかってるからこそ、睨むことができる。こういうやり取りができる友人ができたことが、いまは素直に嬉しい。  無言で歩き出すと「あ、待てって黒木っ!」と慌てたようにリュックを手に駆け寄ってくる。 『いいじゃん。カッコ良くて背高くて学年トップでさぁ。一個くらいダメなとこあった方が可愛いんだって』    俺を見上げてニカッと笑う野間が、男なのに可愛いと思う。可愛いのはお前だ野間。もう何度も俺は野間を可愛いと思ってる。  くせ毛でふわふわした自然な栗色の髪。俺より頭一個分は小さい野間は、いつも明るくてクルクル笑って、俺とは真逆の人間だ。  育った環境が違うからと言っても、俺と同じ力を持っていてこんなに明るくいられる野間をすごいと思う。心の底から尊敬する。人と関わって生きるよりも、殻に閉じこもる方が何倍も楽なのを俺は知っているから。 『なぁ、尊敬はいいからさ、今日も泊まってっていい?』  野間の言葉にハッとした。  やばい。さっきのも聞かれたか。 『え? なに? どれのこと?』 『あ、いや……悪い。変な意味じゃないんだ。別に』 『は? なんだよなんのこと? 俺の髪がふわふわしてるとかクルクル笑うとかか?』   本当にわからないという顔で俺をじっと見る。 『いや……その前のだ』 『なに、その前になに考えたんだよ? 俺の悪口か?』 『違うっっ!!』 『……っおわっ! び……っくりした! おい、ちょっとは音量考えろよ。頭グワングワンしたわっ』 『……すまん』  心の声は思いの強さで音量が変わる。  叫ぶということはそれだけ思いも強い。  真横にいて心で叫べば、声で叫ぶよりも頭に響く分、より大きく聞こえる。 『ま、悪口じゃないってことはわかったわ』  嬉しそうに二ヒヒと笑う。野間は本当に……。その先を俺は無理矢理かき消した。 『本当に? なに?』 『……いいヤツだなって』 『なーんだよっ。当たり前だろー?』  俺は野間と出会えて本当に幸せだ。  
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