77 最終話✦終

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77 最終話✦終

「んで、どこ行く?」 「カラオケっしょ!」 「いや、黒木音痴だからカラオケは行かないって」 「マジかっ! ウケるっ!」  まだ音痴情報生きてるんだ、とおかしくて吹き出した。 『……徹平のせいだぞ』 『いいじゃん、ウケてるしっ』  まだ肩を組まれて嫌がってる岳をみながら、俺は笑いが止まらなかった。 『お前は俺が肩を組まれてても平気なのか?』 『え? うーん……田口なら嫌かも。でもこいつは……』  二人ともいかつくて、どう見ても男友達だしな。嫉妬の対象にならない。  岳がおもしろくなさそうな顔をして、それが嬉しくてまた俺は動画を撮った。ほんと可愛い、岳。   「ねー! 私たちも行くー! たまには男女合同しよー!」  クラスの女子も集まってきた。 「はぁ? こんな大勢でどこ行くんだよっ」 「え? どこって、カラオケでいいでしょ?」 「いや、黒木が音痴だからカラオケは却下」 「えっ、黒木くん音痴なのっ?」  また岳の音痴情報が広まっていく。  岳が諦め顔でため息をついて、俺は腹を抱えて笑った。    結局ファミレスに行くことに決まり、みんなでゾロゾロと歩き出す。  木村の作戦どおり、周りの野次馬はすっかり俺らの応援モードになっていた。否定的なヤツももちろんいるけど、いまは自分が少数派だと自覚があるからか、表には出てこない。   「なぁ、木村」  俺の少し前を歩いている木村に声をかけた。  木村は振り返って速度を落とし俺の隣に並ぶ。  「ん? なに?」 「教室でさ、田口が俺に駆け寄ろうとしたとき木村止めてただろ? なのになんで俺らのこと助けたんだ?」 「あー……あー、いや、俺一人で声上げてもさ、誰も賛同してくれなかったらキツイじゃん? 田口は絶対野間の味方だし、ちょっと頼っちった。あはは」 『もう絶対俺がなんとかしなきゃって思ったら思わず止めてたんだよな……情けねぇ……』    そういうことだったのかと、やっと腑に落ちた。  田口が巻き込まれないために守ったわけじゃなかったんだ。二人で俺たちを助けようとしてくれたんだ。  そのまま放っておいたって誰に責められるわけでもないのに……ほんと最高にいいヤツだな。 「ほんと、ありがとな、木村」 「いや、……おう」  木村は照れた顔で頭をポリポリとかいた。 「俺さ。どうせもう絶対ハブられるって思って諦めてたんだ。でもこうやってみんなが俺らを認めてくれてさ。やっぱ……いますげぇ嬉しい。木村のおかげ。しつこいけど、ほんとありがと」 「いや……っ、いやいや、俺は別に、うん。でも想像以上にみんな味方でさ、俺ちょっと感動しちゃった。すげぇよ、お前ら。ほんとカッコイイよ」 『俺にはできないことだからほんとすげぇわ……』  「えっ。なに言っちゃってんの? 今日イチでカッコイイのは木村だろっ?」 「はっ?」  木村があんまり寝ぼけたことを言ってるから、俺はみんなに大声で問いかけた。 「なぁ! 今日イチでカッコイイのって木村だよなっ?!」  するとノリのいいやつらがすぐに反応する。 「おお! 今日の木村はマジでカッコよかった!」 「ほんとだよなっ。俺らが助けなくてどうすんだよっ! ってしびれたわー!」 「クラスみんな味方だって叫ぼうぜっ! ってありゃヒーローだなっ」  木村が引っ張っていかれてみんなにもみくちゃにされ始めた。ありゃ、大丈夫かな? 「あれっ? なんで二人手つないでないのっ?」 「え」  女子に指摘されて、少し離れたところにいる岳と目を合わせた。  俺が動画を撮るときに手を離し、岳はみんなに囲まれて歩き始めたからそのままだった。 「二人が手つないでないと意味ないじゃーん」 『同性カップルを応援する図を周りに見せつけるためなのにっ!』  俺は腕を引っ張られ、グイグイと岳の横まで連れていかれる。 「ほらっ、手つないでつないでっ」 『見せつける人たちいなくなっちゃうっ!』  お節介丸出しの女子に笑ってしまった。  たしかにもう校門だしな。見せつけるやつらどんどんいなくなるよな。  岳もクッと笑って俺の手をにぎってきた。 『せっかく木村の作戦だからな。無駄にできないよな』 『だな。ちゃんとつながなきゃなっ』  二人で見つめ合ってクスクス笑った。   「ねえ! 写真撮っていい?!」  お節介女子が俺らにスマホを向けた。  えっ。岳との手つなぎ写真なんてさすがに持ってねぇっ!  めっちゃほしいっ!   「いいよっ」 「ダメだ」  瞬殺で岳に却下された。   「はっ? なんでダメなんだよっ!」 『……なにに使われるかわからないだろ』 『心配しすぎっ! 岳っ!』 『心配するだろう、普通』 『大丈夫だって。みんな常識くらいあるってっ』 『……でもな』 『俺ほしいっ。手つなぎ写真っ』 『……いや、でもな』 「ねえ、あれって睨み合ってるの? 見つめあってるの?」  俺たちまたやらかしてた、と女子の声でハッとした。 「見つめ合ってるな」 「イチャついてるな」  みんながからかうように俺たちを見て笑う。 「い、イチャついてねぇっ! 睨み合ってただけだっ!」 「野間、顔まっ赤っ。可愛いっ」  田口の声と同時にパシャッとカメラの音がした。 「撮っちゃったっ」 「えっ、田口、それほしいっ! 俺に送って!」  俺がお願いすると「うん、もちろんっ」と田口はサッと操作してすぐに送ってくれた。  やったっ! 手つなぎ写真ゲット!  岳が横で、また諦めた顔でため息をついた。   「えっずるいっ! 私もほしい!」 「えっずるいっ! 俺もほしい!」 「なんでお前もだよ」 「だってなんか二人可愛いじゃーん?」 「たしかに」  みんなのかけあいが、まるでコントみたいにおもしろい。   「黒木に怒られそうだからダメ」  田口がさっさとスマホをポッケにしまうと、みんながブーブー文句を言った。    校門を出たあとも、手をつないだ俺たちをみんなが囲み、ファミレスまでの道を歩く。  クラスみんなで団結できた喜びに、みんなの心は高揚感に包まれていた。  俺たちを応援したい気持ちは、多かれ少なかれ差はあるけどみんなちゃんと本物だ。  百パーセント味方じゃないヤツもいる。木村に飲み込まれて多数派に入ったんだろう。  それでも完全に否定的じゃないことが嬉しい。  ここに一緒にいて笑顔で言葉を交わす、それをしてくれるだけでもありがたい。 『岳。俺、こんなのちっとも想像もしてなかった』 『もちろん俺もだ。木村はすごいな』 『俺たちの宣言なんかより、ずっと勇気あるよなっ。ほんとすげぇっ』 『ああ。尊敬する。本当にいい友達だな』  その言葉にちょっとびっくりして岳を見た。  岳が木村を友達だと言った。  いいヤツだとは言っても友達だと言うのは初めて聞いた。  すごいすごいっ。この岳の変化がめちゃくちゃ嬉しいっ。    『ここに集まったみんなも、本当にいいやつらだな』 『うん。ほんとだなっ』 『徹平以外に、友達がいいもんだなと思ったのは初めてだ』 『俺も。岳以外で初めて』     岳に出会えて、木村と田口にも出会えて、みんなに出会えて、ほんといまのクラス最高じゃんっ。  こんな風に、クラスのやつらに囲まれてる岳を見られるなんて想像もしてなかった。ほんとウソみたいだ。    デフォルトだった眉間のシワも消えた。  笑顔もいっぱい増えた。  ずっと一人で殻に閉じこもってた岳は、もうどこにもいない―――― 「岳……」 「なんだ?」 「俺……」 『やっぱファミレス行きたくねぇ……』  いますぐキスしたい。キスしないと死にそう。  だってこのままファミレス行ったら、結局今日はもうできねぇじゃん……。  ぶはっと岳が吹き出した。 『お前……だから心の声で笑わすなって』 『だって……死にそうなんだもん』  クックッと笑う岳を、みんなが「黒木また笑ってる」とちょっとあきれた顔で笑って見ている。 『たまになら……いいんじゃないか?』 『なにが?』 『連続で泊まっても』 『え……っ、いいのっ?!』 『俺も……今日は一緒にいたい』  心の会話だから表情を変えたらダメなのに、喜びが抑えられなかった。 『うんっ! 泊まるっ! あとで母さんに電話するっ!』 『今日は特別な。たまに、だぞ?』 『うんっ!』  早く帰ってキスしたいっ!    『だから笑わすなって』 『ずっと笑わすっ! 岳のことっ!』  二人でずっと一緒に、ずっと笑顔で過ごしたい。  岳にはずっとずっと笑っていてほしいっ。    男子が一人、ずいっと俺たちの前に割り込んで来た。   「お前らさぁ、心で会話すんのやめろよなー」 「え……っ」  息を飲んだ俺たちに、みんながきょとんとする。 「会話がなくても心が通じあってますーって、むかつくんだよっ! リア充めっ!」  殴るフリをしてからかう男子にみんなが笑った。  ……なんだ、冗談だったのか。 『びびった……』 『ほんと、ビビるな』 『ちゃんと声で会話すっか』 『ああ、そうだな』  岳と見つめ合って微笑んだ。 『あ、でも最後にこれだけっ』 『なんだ?』 『帰ったらすぐキスしようなっ!!』  岳がとうとう腹を抱えて笑いだした。  どんなに笑われても幸福感でいっぱいだ。  岳、大好きっ。 『俺も、大好きだ』  俺のほうがいっぱい好きだっ。 『いや、俺のほうがいっぱい好きだ』  心がダダ漏れだから、心で会話しようとしなくても会話が終わらない。  キリがないな、と二人で笑った。    ずっとずっと心が通じ合う二人でいたい。  お互い聞こえるだけじゃなく、いつも同じものを見て、同じことを考えて、ずっと通じ合っていたい。  でも、たまにはすれ違ってケンカしてもいいな。  そんできっと、仲直りしたい! って心の声がお互いに聞こえるんだ。  だから俺たちは、きっと仲直りもあっという間だ。    『じゃあケンカしてみるか』 『どうやって?』 『……わからん』  俺たちにケンカはしばらく無さそうだ、とまた二人でクスクスと笑った――――      終
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