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『岳、これ美味いよっ』
『徹平これ最高だ』
料理がめちゃくちゃ美味しくて箸が止まらない。
二人でお皿に乗せ合いをして、ときどき目を見合わせて微笑んだ。
うあー美味いっ! 幸せっ!
「あー……お前たちはいつもそんなに静かなのか?」
しびれを切らしたようにお父さんが聞いた。
『静かどころじゃないぞ。まだ一言も会話してないだろう……この二人……。俺とはしゃべるのになんでだ?』
お父さんがものすごく心配してる。
そりゃそうだよな、こんなの異常だよ。
「あの、えっと。俺たちいつも、すごい話してますよ。うるさいくらい。いまもっ」
「え? いまも……?」
『おい。いまも、は余計だ』
『え、だって。少しはヒントあげないとお父さんが心配するだけじゃんっ。それじゃあイタズラじゃなくて意地悪だろっ?』
『……徹平、優しいな。……あーもう。可愛いな』
俺ちょっと怒ってんのにデレるなよ……っ。
お父さんは怪訝な顔をして、また眉を寄せた。
『いまも話してるって……どういうことだ……? 目で会話してるって意味か? 岳は心が読めるから……って意味か?』
何度も首をかしげるお父さんに、申し訳なくて苦しくなってくる。
『なあ、これいつまで続けんの?』
『だから父さんが気づくまで』
『ほんとに気づくかな……』
なんかもっとヒントあげたい。なんかないかな。
『岳、お酢取って、お酢っ』
『ヒントはいいって』
『あんかけ焼きそばにかけんのっ』
『ふぅん』
『なら仕方ないな』と岳が酢を取ってくれた。
お父さんは、ジッと俺たちのやり取りを見てる。
俺はしっかりと岳のほうを向いて笑顔で『サンキュ』と伝え、取り分けたあんかけ焼きそばに酢をサッとかけた。
お父さん、なんか感じたかな。
会話無しで俺のほしい酢を取ってくれる岳だよ。なんか変でしょ? 変だよね?
「お前たち、まるで長年寄り添ってる夫夫のいきに達してるな……。いや……『あれそれ』すら無しだからそれ以上か……」
『きっと野間くんは物静かな子なんだな。俺がいるからなかなか話せないんだろう……』
俺はガクッと肩を落とした。
違います……お父さん……。
岳がまた楽しそうにクッと笑った。
『徹平が物静かって……笑えるな』
『うっさいわっ!』
もー……。どうにか気づいてもらう方法ないかな。
物静かだと思われてんの、マジきっつい。
あまりにも俺じゃ無さすぎてゾワゾワすんじゃんっ。
「そうだ、野間くんに謝るのを忘れていたよ」
「え、俺に、ですか?」
岳のお父さんが俺になにを謝るんだろう。
『……なにを言う気だ?』
岳も食べる手を止めてお父さんを見る。
「せっかくの夏休みに岳を借りてしまって申し訳なかったね。本当にすまなかった」
岳のお父さんが頭まで下げるから俺は慌てた。
「えっ、いいえ、あの、お仕事だから仕方ないですしっ。謝る相手は俺じゃないですしっ」
「いや。野間くんを利用してアメリカ行きを決めさせてしまったからな……」
「え、俺を利用……?」
「おいっ父さんっ」
岳がなにか慌ててる。なんだなんだ?
「もしかしたら日本に帰れないかもと岳は思っていただろうし、俺のせいできっと野間くんを泣かせてしまったと思って」
「父さんっ、余計なこと話すなよっ」
岳が声を荒らげてお父さんを止めた。
ん? なになに?
『せっかく徹平に黙ってたのに……』
『ん? ん? 黙ってたってなんで?』
『いいよ。いいから。なんでもない』
なんだよ、絶対なんでもなくねぇじゃん。
いいよ、お父さんに聞くから。
「岳はなんで怒ってるんだ? きっと泣かせてしまっただろうから謝るだけだぞ?」
岳は、ため息をつくだけで黙っている。
「あの、俺たしかに不安で泣いちゃいましたけど、黒木くんはちゃんと帰って来てくれたから大丈夫です」
「……そうか……やっぱり泣いたよなぁ。君が泣く必要はまったく無かったのに。俺が岳を騙したばっかりに本当にすまなかった」
お父さんの話がよくわからない。わからなくて困惑した。
岳は騙されてアメリカに行ったのか?
泣く必要がまったく無かった……ってどういう意味?
『このバカ親父……』
岳が毒づいてる。
なになに、なんだよー……。
「あの、岳……黒木くんを騙したって言うのは……?」
『……ん? あれ、岳はなにも話してないのか?』
「あー……。野間くんは、岳が俺のことをずっと誤解していたことは知ってるかい? 最近やっと誤解がとけたんだけどね」
ちょっと寂しそうな顔で問いかけられた。
「あ、はい。知ってます」
「うん。その誤解されて嫌われてる俺がね、『野間くんの存在を知ってるよ』と話したら、また誤解して『野間をどうするつもりだっ!』って言い出すのをわかってて俺は岳に言ったんだよ。要は……脅したんだ」
……俺、理解力ないのかな。やっぱりよくわからない。
首をかしげてお父さんを見ると、眉を下げて話し始めた。
「岳の母親が偽装した転校書類に俺は騙されてね。岳がアメリカに来てくれるんだと勘違いしたんだ。本当にすごく嬉しくてね。そのとき丁度どうしても落としたくない大きな商談があって、ちょっとだけ岳の力を借りられたらな、って期待してしまったんだよ」
お父さんの話は、あのとき岳から聞いてたニュアンスとはまったく違った。
お父さんが味方だとわかってから、俺なりにいろいろ想像してみたけどわからなかった部分が、いまやっと見えてきた。
「そう……期待しすぎてしまって、岳がやっぱりアメリカには来ないとわかったとき、もうどうしても諦めきれなくなっちゃってね……。商談だけでも助けてもらいたい。夏休みの間だけでも来てくれたら……って」
『どうしても岳に会いたかった……。でもいまそれを言うのはずるいだろうな……』
いやお父さん、『どうしても岳に会いたかった』は一番伝えなきゃいけない部分でしょ? 岳は知ってるのかな。そう思ったとき聞こえてきた。
『そんなこと……アメリカでは言わなかっただろ……』
……やっぱり言ってないんだ。岳のお父さん、岳が言ってたとおり言葉が足りない人なんだな……。
伝える部分と隠す部分を間違えすぎだ。
「だから野間くんを利用したんだ。言えばきっと勘違いしてアメリカに来てくれるだろうってわかっててね。『野間になにかしたら絶対に許さないっ』って、予想以上に飛びついてきたよ」
商談を成功させたら転校を白紙にすること、俺との仲を認めることを条件に、やっとアメリカ行きに同意したとお父さんが教えてくれた。
そのときの電話の会話が、よほど印象に残っていたんだろう。そのまま映像で流れてきた。『野間になにかしたら絶対に許さないっ』と叫ぶ岳の声が頭に響いて、胸がぎゅうっと切なくなった。
岳がアメリカに行ったのは俺を守るためだったってこと……?
岳を見ると諦めた顔をして椅子にもたれ、深い息をついた。
『……ただの勘違いだったけどな』
岳の答えに目頭が熱くなる。
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