後日談 黒木父との食事会〈野間〉

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 まさか岳のアメリカ行きに自分が関わってたなんて思いもよらなかった。  うそだろ……。俺、本当にずっと岳に守られてたんじゃん……。すげぇ幸せもんじゃんか……。 『なんで教えてくれなかったんだよ……っ』 『……格好悪いだろ』 『最高にカッコイイじゃんっ。あーもうっ! 大好きっ! 岳っ!』 『……知ってる』  椅子にもたれて腕で顔を隠してしまった岳に、お父さんが「おいどうした?」と心配そうに前のめりになった。 「あ……なんか恥ずかしいみたいです」  俺は浮かんだ涙を袖で拭い、お父さんに向き直る。 「……君は……岳とはなにもしゃべらずに、なんでもわかるんだな」 『本当に不思議な子だな……』  うう……苦しい。これじゃあウソついてるのと同じだよ……。  お父さんがかわいそうだ……。  もう言っちゃいたい。言っちゃおうかな。  そのとき岳から聞こえた心の声にとっさに「え」と声が出た。  なんだそうか、そうだったんだ。  俺に黙ってたのは格好悪いからってだけじゃなかったんだ。  そんな心配いらねぇのに……可愛い、岳。  いまのは怒られたって言っちゃうぞ。 『待て徹平っ』 『やだよーだ』 「あの、お父さ――――」  開こうとした口を岳に手でふさがれた。 『やめろ徹平っ』 『もー離せってー』  岳の手をつかんでグイッと外す。   「もーいいじゃんっ。可愛い岳も知ってもらおうって」 『はぁっ? ふざけんなっ。黙れお前っ』  「やだっ。教えちゃうもんねっ」 『おいっ。今日はもうキスしてやらないぞっ。いいんだなっ?』 「……い、いいよっ! どうせ今日はもう泊まれねぇもんっ!」  俺たちが急に言い争いを始めたから、お父さんが目を見開いて驚いてる。 『なんだこれ……野間くんしかしゃべってないのにまるで会話してるみたいだ……』  あ、違った。声と心で会話したから驚いてたのか。   「あの、お父さんっ。黒木くんがいまの話を俺に黙ってたのはっ」 「徹平っ!」  なんとか口をふさごうとする岳の両手をつかんで阻止しながら一気に言った。   「俺がお父さんを嫌いになりそうで怖かったからみたいですっ」  岳が完全に固まった。  あ、お父さんも固まってる。   「さっき黒木くん、俺の心を聞いて『嫌われてない……よかった』って言ったんです。『父さんを嫌いになるかもと思うと怖くて話せなかった』って」 「……俺が君に、嫌われるのが怖くて黙ってた?」 「はい。そうみたいです。可愛いですよね?」 「……可愛すぎるだろう。岳」 「……黙れよ。ばか親父」 「ああそれもいいなっ。もっと言ってくれっ」  今度は二人が言い合いを始めた。恥ずかしいのを必死に隠して怒る岳を、笑いながら眺める。  岳のお父さんが俺を利用して岳をアメリカに行かせて、帰ってくるかもわからない俺は不安で毎日泣いた。話せば嫌われるかもと岳が思うのは確かにわかる。  でも俺はお父さんが岳をずっと守ってたこと、誤解されててずっとつらかったこともわかってる。そもそももっと早くに誤解が解けていれば、岳はきっと普通にお父さんを助けにアメリカに行ったはず。  それに……嫌いになんか絶対ならないよ。だって岳のお父さんだもん。 「徹平」 「ん?」 「お前……もうキスしてやらないからな」  岳はまた椅子にもたれかかると腕で顔を隠した。  ってか心の会話を解除して最初の言葉がそれっ?! 「お、お父さん聞いてるんだけどっ。てかそれは今日だけだろっ?」 「ずっとだ。ばか」 「はぁっ? 今日は、って言ったじゃんっ!」 「しらん。忘れた」 「やだっ! 絶対やだっ!」  あ、やばい。お父さんいるのに必死になりすぎた。  でも、だってキスできないのやだっ!  横で岳がクッと笑った。  なんだよっ。怒ってるくせに笑うなっ。 『やっと会話をしたと思ったら……なんだなんだ。バカップルだな……』  バカップルじゃないですっ! って言いたいけどまだダメかな。さすがにもう心が読めることバレてるよな? 「あー。話してもいいかな?」  遠慮気味に口を開いたお父さんに俺は慌てて返事をした。   「あ、はいっ」 「あー……。さっき野間くんが教えてくれた岳の言葉だけど……」 「はいっ」 「どんなカラクリがあるのかな。俺には岳のその言葉は聞こえなかったし、岳の心の声なんだろう? もしかして……岳の力が進化した? 自分の心を聞かせることもできるようなったのか?」 『心で会話してたのは間違いないだろうしな……』 「え……っ」  まさかの斜め上な発想に言葉を失った。  まだ気づいてないのか……。  隣からは、こらえきれないというように押し殺した笑い声が聞こえてくる。 「徹平、これ無理だな。一生気づかないかも」 「……いや、でも惜しいよな? 心で会話してたのは合ってるんだしさ」 「いやだって進化だぞ? 進化って……ぶはっ」  ツボにはまったらしい。  でも確かにこんな力を持ってる人間が他にもいるって思わないかもな。だったら岳が進化したって思うのが普通かもしれない。  混乱してるお父さんの心が流れてくる。   『なんだよ違うのか? 岳の進化でもなくて、でも心で会話ができる……』 「いや……まさか……」 『もしかして……岳とキスすると心で会話ができるようになるのかっ?』  岳がぶっはっと吹き出して「腹痛い……っ」と笑いくずれてる。  さすがの俺もおかしくて思わず吹き出した。 「なぁ岳。やっぱり俺たちキスし続けなきゃな? 心で会話できなくなっちゃう」 「お前まで笑わせるなよっ」  ヒーヒー言って笑う岳に俺は嬉しくなった。こんなに笑ってる岳を見るのは初めてだ。 「……野間くん、いま……俺の心を……」  ああやっと気づいてくれた。  もう騙さなくていいんだと思ったらホッとして肩の力がぬけた。 「……はい。お父さんの心、読みました。勝手にすみません」  頭を下げて謝罪する。  岳以外の人に、力をもっていない人に、初めて力のことを打ち明けた。  大丈夫だと思っていたのに手が震える。お父さんの心を聞くのが怖かった。 「岳と……同じ力……?」 「はい。同じです」    お父さんの心はまだ半信半疑で、とても現実を受け止められないといった感じ。  岳の力は受け入れられても、他人の俺は無理かもしれない。その覚悟でいた。まるで判決を待つ被告の気分だった。  しばらくしてお父さんは静かに口を開いた。   「……ずるいな」 「……えっ」 「ずるいだろう。俺だってその力がほしいと何度思ったことかっ!」  そう声を上げるとテーブルの上でギリッっと拳をにぎった。   『……やっぱり便利な道具くらいに思ってるのか』    お父さんの叫びに岳の心が落胆したとき、お父さんの感情がぶわっと流れてきた。   『何度岳と同じになりたいと願ったかっ。岳のつらい気持ちを何度共有したいと願ったかっ。俺もお前と同じだと何度言ってやりたかったかっ。なんで俺じゃないんだっ!』  お父さんは心で叫んで悔しそうに顔をゆがめた。  岳の心が感動と幸せであふれた。チラッと顔を見ると目がうるんでる。  あ、きっと見られたくないやつだ。  見てない見てないっ。俺見てないからっ。 『……こんなときに笑わすな。ばか』 『え、ごめん……?』  笑わしたつもりは無いんだけどな。 「父さん、相変わらず言葉足りなすぎ」 「え?」 「心が読めなかったら、また勘違いするところだった」 「…………?」    お父さんの心は疑問符でいっぱいで、本当に無自覚なんだなといろいろ心配になった。   「あー……、すまん。そうだよな、全部聞かれてるんだった。その……べつに野間くんを責めたわけじゃないからな?」  岳が言ったのはそこじゃないよ、と思って苦笑がもれた。   「いえ、大丈夫です。それよりも……」 「それよりも?」 「どうしても聞こえてしまって。聞かないようすることができなくて。本当にすみません……」 「いやいや、なんで謝るんだよ。野間くんはなにも悪くないんだから謝る必要はないよ。それに俺は岳で慣れてるから大丈夫だ」 『そうか。聞こえることが申し訳ないと思ってしまう子なんだな。いい子だなぁ。うん、すごく好きだな』  お父さんの心を聞いて安堵して、そして受け入れてもらえるどころか好きだとまで言ってもらえて舞い上がった。    「あの俺もっ、黒木くんのお父さんが大好きですっ」  どうしてもすごく伝えたくなって思わず言ってしまった。  お父さんはすごくびっくりしたあと、パッと笑顔になった。    「ははっ。うん、嬉しいよ、ありがとうっ」  『なるほどな。岳がコロッといくのもわかるな。……しかしうらやましいな。俺も岳と心で会話がしてみたいな……』  お父さんの気持ちが痛いほど伝わってきて切なくなった。  俺もいま、岳と心で会話ができること、岳の心が毎日聞こえることがなによりも幸せだから、お父さんの気持ちがよくわかる。   いまだけでも変わってあげたいな……。 「それで、野間くん。君の身内には……その……同じ力を持つ人はいるのかい……?」 「いいえ、俺だけです」 「……そうか。そうか、そうだよな。しかし不思議なこともあるもんだね。同じ力を持つ二人がこの広い世界で出会えたなんて、本当に奇跡みたいな話だ」 「……はい。本当にそう思います。もし黒木くんに出会えてなかったらと思うと……怖くて泣きそうです」 「徹平……」  岳が俺の手をぎゅっとにぎった。 『俺も同じだ』 『岳……』  出会えてなかったら、なんて口にしただけで本当に泣きそうになった。俺の手を包む岳の手があったかくて本当に幸せだ……。     「それで二人はいつ結婚するんだ? 大学卒業したらすぐ?」 「……っ、は?」 「え……っ?」  なにを言われたのか理解が追いつかない。  いま……結婚って言った……? 「なんだ、考えてないのか? てっきりそれくらいの気持ちなんだと思ったよ」 「いや……俺たち男同士……」 「ああ、そうか。日本はできないもんな。ついアメリカ基準で考えちゃうな」  そうか、アメリカは結婚できるんだ。  結婚……。もう岳とは一生離れるつもりないけど、まだ高校生だからとかそんなんじゃなく、俺たちは男同士だから結婚なんて考えたこともなかった。  結婚か……。岳と結婚……。想像しただけで幸せで死んじゃいそう。  岳も同じことを考えてて、一緒なことがまた幸せだった。
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