夕日と猫と肇ちゃん

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ある時、塾の玄関で靴を脱ぎ、教室までの廊下を歩いていると、一匹の猫が近づいてきた。 灰色の短い毛にスラリと長い手足をもつ若い猫だった。猫は物怖じすることなく、ゆっくりと近づいて来る。 僕は猫に道を譲って廊下の左端に身体を寄せた。 猫は僕の横まで歩いて来ると、ふいに動きを止めた。そして、何を思ったのか突然、前足を挙げると、僕の太腿に乗せた。 猫はおもむろに背中を丸めると、手足を伸ばして大きく伸びをした。猫の爪がズボンの布を通り抜け僕の肌にチクリと刺さる。 それから、前足を下ろすと何事もなかったかのように悠然と歩いて、玄関から外へ出て行ってしまった。 何だったんだ? 僕は、呆気にとられながら猫を見送った。 全くもって意味が分からない。何で僕の脚を使うんだ。 しかし、一方で、全く知らない赤の他人である僕に、安心して身体を預けた、そんな猫を愛おしく感じる。 「ふふ」 思わず笑みがこぼれる。 まあ、いっか。 僕は、心の中で呟くと、扉を開けて教室の中へ入った。
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