一億分の一彼女

1/6
前へ
/7ページ
次へ
「人格が1億もある、って言ったら君はどう思う?」 僕の家の側にある河原の上で、 今日会ったばかりの少女は急にそんなことを呟いた。 沈みかけた夕日が彼女の横顔を茜色に照らす。 座りながら、目の前を遠い目で見つめる彼女は、どこか寂しげだった。 「それが、君が『訳あり』の理由?」 「うん」 「それは、君にとって辛いことなの?」 「…うん」 彼女はこくりと頷いた。 その時、昔テレビで多重人格に関する特集が放送されていたことを思いだす。 一人の人間の体に、複数の人格が交代で現れるという内容だった。 「たくさんの人格が私の中にあるから、次に私が出てこられるのがいつになるかわからないんだ。 もしかしたら、数年、数十年先かもしれない」 「えっ」 今日一日、僕は彼女とたくさんの遊びをした。 お互い小学生同士だったからだろうか、お互いどこか似たところがあったからだろうか。 出会ったばかりだったけど、 彼女と過ごした時間は、内気な僕の何かを確かに変えた、かけがえのない時間だった。 だからこそ、僕はその事実を受け入れらないでいた。 その時、彼女が膝の上で組んだ腕の中に、自分の顔を埋めた。 「だから、怖いんだ。次、私が目覚めた時に、一人ぼっちになることが。」 弱弱しく漏らしたその声は、いつでも明るかった彼女のものとは思えないほどだった。 その時、僕の手元の虫かごの中で、カブトムシが壁を小突く音がした。 まるで、『励ましてあげて』と言っているかのようだった。 僕は思い立つと、彼女の方を向いた。 内気な僕に何かを与えてくれた彼女に、恩返しをしたいと思ったのだ。 「君のこと、ずっと忘れない。だから、安心してよ。」 僕はあまり得意ではない笑顔を彼女に向ける。 彼女は顔を上げると、泣き笑いのような表情を浮かべた。 そして、小指を僕の前に差し出すと、ぽつりと呟く。 「…約束、ね」 「うん」 僕は自分の小指を彼女のものに引っ掛けて指を切る。 「ありがとう」 そう告げた彼女の笑顔を、僕は胸の中に確かに刻んだのだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加