一億分の一彼女

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ーーーー ーー 「おーい、遊ぼうぜーー」 玄関から、圭太の声が聞こえた。 土曜日の午前。 圭太は小学校がない日は、いつも僕の家に来る。 僕はリビングで一人読んでいた本を静かに閉じて、玄関へと向かう。 あまり人付きあいが得意でない僕だったけれど、どうも圭太との交流は気が楽だった。 老若男女、誰に対しても遠慮がないような、開けっぴろげな彼の性格が、 僕にとっては少し居心地がよかったのかもしれなかった。 「今日はちょっと忙しいから、遊べないよ」 「なんだよー、また虫取りにでも行く気なのかよー」 「今日は、少し本を読んでるんだ」 「そっかあ、じゃあ俺も一緒に本読む!」 僕は少しだけ抵抗したけど、圭太があまりにも引き下がらないので、 根負けしてしまい、彼を中に入れた。 ーーー 圭太は玄関に置いてあった虫かごの中のカブトムシをひとしきり眺めたのち、 リビングで再び本を読んでいた僕のもとへ駆け寄ってきた。 そして『多重人格の起源』と書かれた本の表紙を見ながら、うめき声をあげた。 「難しい漢字だなあ、こんなの読めないよ」 「『たじゅうじんかくのきげん』、だよ」 「よく読めるなあ」 「勉強したんだよ、圭太も勉強すればすぐ読めるようになるよ」 「俺は別にいいよー」 圭太はげっそりとしながら、僕から離れて家の中をうろつき始める。 どうも、本を読む気はなくなってしまったらしい。 それからしばらくの間、僕は一人、本をじっくり読んでいた。 あの日出会った、「1億の人格を持つ少女」のことをもっとよく知りたくて。 彼女と会った翌日、彼女は僕の元に来ることはなかった。その翌日も、翌々日も。 彼女の連絡先なども聞いていなかったから、 彼女がどこにいるのか、何をしているのかはわからなかった。 彼女の言う通り、他の人格に埋もれて眠っているだけなのか。はたまた「一億の人格」などは彼女の気まぐれな冗談で、僕をからかっただけなのか。 そんなことを考えていた時だった。 僕はあるものを見つけたのだ。
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