一億分の一彼女

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「なんだこれえ」 その時、圭太の呆けた声が僕の部屋の方から聞こえた。 僕は読んでいた本を閉じると、自室の方へ向かった。 引き戸を開けて中に入ると、圭太は僕の机の上の、 透明なデスクマットの下に挟まれたあるものを見つめていた。 圭太は怪訝な顔をして、こちらを振り返る。 「なんで、こんなものあるんだ?」 彼が指を指したのは、メダル型のフェルトフレームだ。 内側に絵を差し込める形になっており、クレヨンで書かれた少女の絵が挿入されている。 そして、それは彼女がいなくなった後に僕が見つけた、彼女の忘れものだった。 ーーーー ーー 「ちょっとこれ、持っててよ」 あの日、河原のすぐ前を流れる清流で水遊びをしようとした彼女は、ふと思い出したようにポケットからあるものを取り出し、僕に渡した。 それは、メダル型のフェルトフレームだった。少女の絵が内側に差し込まれている。 「濡れたら絶対ダメなの!、だから持ってて」 「うん、わかったけど」 僕はそう言いながら、少しだけ疑問に思っていた。 自分があまり小物を持たないためだろうか、フェルトフレームに対して、 少し過剰なまでに反応する彼女に僅かに違和感を感じたのだった。 僕が首を傾げながらじっとしおりを見ていることに気づいたのだろう、 彼女は「…これはね」と口を開いた。 「私の宝物なの。私が、私であることの証明」 大げさな、というのが僕の最初の印象だった。 けれど彼女の真剣な表情が、それが冗談のような類のものではないことを物語っていた。 「これはね、私が一番最初にこの世界で目覚めて、初めて作ったものなんだ。私が唯一自分で作ることができた、大切なもの」 彼女が初めて目覚めたのは、幼稚園の図工の時間だったそうだ。 いきなり現実の世界に目覚めて、最初は戸惑ったものの、他の人格の記憶や知識が引き継がれたおかげで状況自体はすぐに掴めたらしい。 けれど、友達に話しかけられてもぎくしゃくして『今日なんか変!』と言われてしまったり、 仲良くない男の子にちょっかいをかけられたりと散々な目に遭ったようだ。 そんな中で、図工の時間のテーマだった、「フェルトフレーム作成」は彼女を魅了した。 フェルトフレームに入れる絵の題材はなんでもよかった。 だから、彼女は自分の似顔絵を書くことに決めた。 自分の人格が宿った時の自分の表情を、絵に残したいと思ったのだという。 そして、初めて手に取るクレヨンで、手鏡に映る自分を夢中になって描ききり、それをフェルトフレームに入れたのだった。 彼女の人格が消える直前、彼女は強く祈ったという。 このしおりを、他の人格の私がいつまでも持ち続けてほしい、と。 私がこの世界にいた証を、残してほしい、と。 もう自分が二度と、この世界に現れることができないかもしれないから。 そして、その祈りが通じたのか、彼女が作ったフェルトフレームは、 再び目覚めた時、手元に残っていたのだという。
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