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09 さまよっていた日々のこと
その日から歌うことをやめた。
歌えるような気分じゃなかった。
それでも公園には通い続けたけど。
心のどこかで期待していたのかもしれない。
友梨ちゃんが来てくれるんじゃないかって。
そんな可能性に俺は縋ってたんだ。
あれから、どれくらい経ったんだろう。
日にちなんて数えてないから覚えていない。
ある日、友梨ちゃんの友だち『だった』子にその後の話を聞いた。
記憶を失ったこと以外の問題はなかったけど記憶が戻ることを期待してはいけないということ。
記憶が戻るか、戻らないかの可能性の話なんかじゃなくて、それがあの子にとっては負担になるから。
皆は自分のことを知ってるのに自分は皆のことが分からない。友だちだけじゃない。自分の家族のことでさえも。
それがあの子にとって、どれだけ辛いことだったか。
あの子の周囲の人たちにとって、どれだけ辛いことだったか。
そんな状態だったから自分のことを知らない人が多い土地の方が生きていきやすいんじゃないかってことで、引っ越し先を誰にも告げることなく友梨ちゃん一家は引っ越していった。
それからの俺は自暴自棄もいいとこで。
それまではサボりながらも行ってた学校に全く行かなくなった。
バンドの練習にも顔を出さなくなって呆れたドラマーがバンドを抜けていった。
そいつを責めることなんて俺にはできない。
本当は俺が責められるべきなんだから。
バンドのことも、友梨ちゃんのことも。
俺が責められるべきなんだから。
俺は友梨ちゃんから全ての記憶を奪って、家族からも、友だちからも、あの子を奪ってしまった。
そんな俺がなにかを楽しむなんて、できるはずがなかった。
なにかに一生懸命になるなんて、できるはずがなかった。
それから半年近くもの間、俺は自分を責める以外のことができなかった。
あの公園にも行けなくなって、ぼーっと街をさまよい歩く日々。
そんな日常の中で、ふと、橋の上で立ち止まった。
そのまま引き寄せられるかのように川に――飛び込んだ。
あの時、どうしてそんなことをしたのか。
今になっても分からない。
気がついたら水の中。
死のうとしたわけじゃない。
死にたいとは思ってなかった。
でもこのまま死んでもいいかとは思った。
だけど。
薄れてく意識の中で聞こえたんだ。
それは俺の願いだったのか。
俺を救ったあの子の言葉。
『お兄ちゃんの歌、好きだよ』
やっぱり死にたくない。
そう思った。
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